ビタースィートテイストバレンタイン

2月14日
ローマ帝王が出した兵士の自由結婚禁止例に反発し
結婚の望む兵士たちの結婚式をあげた
聖バレンタイン司教が処刑された日。
 
そんな日を忘れないため。
そんな日に愛を誓うため。
恋人たちは、この日、愛し合う。
 
そして、この日は恋する少女たちの勝負日でもあったりする。
 
「そんな習慣、日本だけだけどナ」
 
バレンタインでごった返す某有名スポットを映すTVを見ながら
MZDはそんな事を呟いた。
 
「バレンタインなーんて日、
お菓子会社の策略にみんな乗せられてんだヨ〜?」
居間に設置されたソファに寝そべり、
彼はそのソファ横に山隅になっている四角やら丸やら、
様々な形の箱から一つだけ手に取り
その箱を開けてはTVを見ながら中身を口に放り込む。
 
「ま、そのおかげでオレは毎年イイ思いしてんだけど ヨ。
お、ウィスキーボンボンか…メイのやつ、たまには酒チョコ以外よこせってんだ」
 
─ぼっちゃま、先ほどまた宅配で13個ほど届かれましたが…
 
先ほどまで玄関で宅配の荷物を受け取っていたジズが
腕にその宅配物を抱えながら、居間に入ってきてはそう告げた。
 
「あー、それもそこに置いといてくれやー」
 
TVを見つめながら、MZDは指で山を指す。
ジズはよいしょ、とそれを丁寧に積み上げた。
 
─ひぃ、ふぅ、みぃ…これで45個ですねぇ。
 
「まぁ〜、皆律義なヤツだから、ヨ?
義理とは言え毎年贈ってくれるなんて嬉しぃねぇ〜?」
 
そう─この山の正体は、MZDに贈られてきた
バレンタインのチョコレートであった。
彼に贈ってくる人物のほとんどはポップンパーティの女性メンバーで
普段世話になっている例もかねて毎年こうしてMZDの家にはチョコレートが大量に届く。
 
「しかし、毎年なんか増えている気がすんだけど…
まぁ、半年に1回のペースでポップンパーティ開いてりゃぁ
それだけ女性メンバーも増えるって事だし?…と、ジズ、それは?」
 
苦笑いをしながら積み上げられた山を見た後に
不意に目に入ったジズが抱える一つの包み。
白い紙に包まれ、赤いリボンが巻かれている。
 
─ああー、これは私充てです。
かごめから来たんですよ…いやはや、義理とは言え
私にも下さるとは、なんとも嬉しい気分です。
 
いや、それは本命だっつの。
と、MZDは口には出さずに心の中で呟く。
 
「あー、TVもさっきっから同じよーな番組しかやってねぇし…
ちょっくらゲーセンにでも行ってくっからヨ」
 
MZDはそう言うなり、ソファから飛びあがってジズの横をすばやく通りぬける。
居間から玄関へと続く廊下の扉に手をつけると
彼はジズの方へと顔を振り向かせ
 
「んじゃ行って来る」
 
勢い良く、外へと飛び出していった。
 
 
 
しかし、この日は何処へ行っても
幸せそうな恋人たちの姿を見かける日でもある。
もちろん、MZDが通うゲームセンターでも同じ事。
特にプリクラ、UFOキャッチャーなどは芋洗い状態である。
そんな恋人たちを尻目にMZDは一人ゲームを堪能するが…
 
「っあー、どうも今日はイマイチ調子が出ねぇ…」
 
トラウマパンクEXをGOOD1NOBADで終え、
そう呟いて周りのゲーマー達を仰天させていた。
ポップンではなく、他のゲームでもしようかと
店の奥へと足を運ぶ。
ギターフリークス、ビートマニア、ビートマニア2DX
テクニクビート、太鼓の達人…を堪能するが
やはりどれもこれもいつもの調子が出ない。
MZDは周りに溢れる恋人たちの言い知れぬパワーに
どこか緊張しているようにも思えなくもない。
それは別に自分に恋人とかがいないから、と言うわけでもないのだが…。
 
「っあー!DDR行くぞ!!」
 
誰に言うのでもなく、MZDはやけ気味に叫んでDDRの設置してある場所へ移動する…が、
この日はそこの様子がおかしかった。
やけに人が並んでいる。
 
「…?いつもなら多くても4人程度なのに…?」
 
いや、違った。並んでいるのではなく見ているのだ。
やけに多いと思った人の群れ。
それは今、DDRをプレイ中の人物を皆して見物してる。
 
「ふぅん?珍しいな、オレ以外のプレイで観客作るヤツ
さて、一体誰なのか〜…なッと。」
 
MZDはそう呟き、人の群れを潜り抜けて
筐体の前へと移動して─
 
目を疑った。
華麗なダンスもそうなのだが、その人物そのものに。
 
その人物は女性であった。
一歩一歩足を踏み出す事によりその身体は宙を舞い
白く長い腕は空を身体に巻きつける。
黄金の髪は、なびく度に髪の毛1本1本がスポットライトに当たって
キラキラと光り、とても美しい。
微笑みながら踊りつづける女性と、やがて目が合った。
海よりも深い色をした、ブルーの瞳─
 
 
 
タン!
 
女性が最後のステップを踏むと、その場にいた全員が拍手喝さいを浴びせた。
…MZDを除いて。
 
「すっげぇ!激ステルスでパーフェクトだせ!!」
「いやぁー、イイ物見せてもらったよ、姉ちゃん!!」
 
「Oh!そんなに誉められると恥ずかしいわ!」
 
女性は息を弾ませながら、ニコニコと微笑んでいた。
…が、やがて彼女はさっき目が合ったMZDに視線を映し
一層にっこりと微笑んだ。
 
なんで─
なんで、オマエが─
 
MZDの心は凍りついた。
今、目の前で華麗な踊りを繰り広げた女性の存在を認めたくなかった。
今日だけは
今日だけは、絶対に会いたくなかった。
今日だけは─姿を見たくないと思っていたのに。
何故?
何で…   彼女がここに居るのか。
 
「Hi、M!久し振り♪」
 
 
 
「ジュ………ディ………な、な、何でここに…??」
 
 
 
「Mに会いに来たの!ほら、今日ってバレンタインじゃない?
バレンタインって女の子が男の子にチョコをあげる日なんでしょう?
だからMにもチョコあげに来たの!
そう思ってMの家に行こうとしてたんだけど…ちょうどココ見つけて
ちょっとだけ遊んでいこうって言って、今にいたるってわけ」
 
小さな鞄から取り出したタオルで汗を拭きながら
ジュディはニコリと、また微笑んだが
その微笑みはMZDにとって複雑な思いをさせた。
 
「はぁーん、そーかぃ。ご苦労なこった。
…行こうと言ったって言ったな?他に誰かいるのか?」
 
分かっているつもりはいた。
彼女がこの日、行動を共にさせる人物は一人しかいない事くらい。
 
「んー、ドラムマニアの方へ行っちゃったけど…
M、見なかったの?」
 
「……ドラムの方は行かなかったからヨ…」
 
気まずそうに呟くMZDであったが、ジュディはそう、と返事をしただけであった。
 
「あ、忘れちゃいけないいけない
ハイ、コレ、私からのバレンタインプレゼント!」
 
ジュディはそう言うなり、MZDに小さなピンク色の箱を差し出した。
そのサイズはきわめて小さく、MZDの手の中すっぽりと入る大きさだ。
 
「あ、あぁ、サンキューな〜…?」
 
そう言いながら、MZDがプレゼントを受け取った時であった。
 
「あぁー、三毛猫でSS取り損ねた!悔しいかなぁ〜」
 
MZDの背後から、そんな声が投げつけられた。
その声を聞き、彼はギクリと身体が固まった。
MZDが最も嫌いな人物の声。
 
そして─
 
MZDが最も好く人物の、最も愛する人物の声。
 
「あ、れ?MZDじゃぁないか。なんだ、そっちに向かおうとしてたら
お前がこっちに来るなんて、手間が省けたな」
 
「Hi、三毛猫は残念だったわね、ショルキー!」
 
「…けっ、自分の女をほったらかして遊んでんから
バチでも当たったんじゃねぇ??」
 
MZDは嫌みったらしい笑みを浮かべ、ショルキーを見上げた。
ショルキーは冗談キツイゼと苦笑してはジュディと顔を合わせる。
この光景は一見とても微笑ましいが
MZDにとってはたまらなく………苦痛であった。
 
「お、MZDもジュディからのプレゼント貰ったんだ?」
 
MZDの手に握られた箱を見て、ショルキーが言った。
MZDはまぁな、と返事をするとショルキーはクスリ、と少しすまなさそうな表情になった。
 
「可哀想に。彼女の手作りチョコレートを食べる運命に
MZDも巻きこまれるなんて…」
 
「は?なんだそりゃぁ??」
 
「実はぁ、オレも彼女から手作りチョコ貰ったんだけど
…しかも超でっかいヤツ。で、それがさぁ…」
 
ショルキーが身をかがめ、MZDに耳打ちしようとしたその時
 
「!!!ショルキー!言っちゃダメーーーー!!」
 
ジュディが二人の間に割って入り、
ショルキーとMZDの距離を広めさせた。
ジュディはキッ!とショルキーを睨むと、彼は笑いながら悪かったと言った。
 
ドクン。
 
「…あー、あの、ヨ?」
 
「…Hi?なぁに、M??」
 
ドクン。
 
「オレ、帰るわ。ゲームもとりあえず楽しんだし、
貰うモンはもらったしシ?早くかえらねーと
ジズのヤローが心配するシ…」
 
「え?でもM、DDRやろうとしていたんじゃないの?」
 
ドクン。
 
「い、いや、イイんだヨ!別に!!
んじゃ、またな!次は多分次回ポップンパーティだな!!」
 
そう言うなり、MZDは駆け出しては二人から離れ
ゲームセンターの外へと出て行った。
取り残されたジュディとショルキーは、しばらくポカンとしていたが
すぐに顔を見合わしては、ニコっと微笑んだ─
 
 
 
走った。
限りないほどに。
 
息が切れたって、苦しくなったっても良い。
 
ただ、見たくなかった。
 
ただ、そこから逃げ出したかった。
 
それだけだった…。
 
 
 
「………っはぁ〜………」
 
 
 
家の近くの公園のベンチに座りこみ、MZDは息をついた。
どれだけ走ったかもぅ覚えていない。
少しだけ曇り始めた空を見上げ、彼はジュディから貰った
プレゼントへと目を移した。
ピンク色の、小さい箱。
しばらくそれを見つめた後、
彼はそれを自分の膝の上に乗せて蓋を開けた。
 
中身は1口大の不恰好な円を描いたチョコレートが5つ入っていた。
そのうちの一つをつまみ、MZDはそのチョコを見つめた。
所々、焦げついているのか、黒い。
何も考えずに、そのチョコを口に含み、ゆっくりと噛み閉めてみた。
 
「苦ぇ…」
 
黒い部分はやはり焦げの部分だったらしく、
苦く、お世辞にも美味いとは言えない味であった。
 
「…こんなチョコを大量にもらったんか、ショルのヤツは…
はっ、同情するぜ…」
 
そう呟きつつも、MZDの顔は何故か晴れない。
むしろ、どんどん沈んでいく一方であった。
と、その時、自分の座っているベンチの前に
一つの影がある事に顔を伏せていたMZDは気がついた。
なんだ?と顔をあげてみると─
 
にこっと微笑みながら、手をかざすサナエが居た。
 
「……なんでいるんだオマエ」
 
「あーら?愛する男の子に
バレンタインプレゼントをあげに来た女の子に言うセリフ?それ」
 
サナエはそう言うと、MZDの隣に座って肩から下げたバックから
小さな紙袋を取り出しては、
 
「ハイ、あたしから神君へのプレゼントvv」
 
MZDにそれを差し出した。
 
「…ってー言うか、オマエ先日早めのバレンタインプレゼントよこしたじゃねぇか?」
 
あの日、貰ったロングマフラーの事をMZDは言い出した。
が、サナエはノンノンと指を振る。
 
「アレはあたしじゃなくって さなえ の方でしょう?
あたしは神君にまだあげてないもーーん」
 
「へっ、同じ身体の癖して何言ってやがんだヨ?」
 
「身体は同じでも心は別なのー!!と、言うわけで受けとってくれるわよね?」
 
サナエがそう言って、ズイ、と差し出してくるので
しかたなく、MZDはそれを受け取るが…
サナエがジ〜〜〜…っと見つめてくるのであまり良い気分ではない。
 
「…ここで開けろってか?」
 
「あたりまえでしょう?」
 
ここで開けなければ、後に何をされるか分かった物ではない。
MZDは紙袋を開け、中身を取り出した。
その中身は。先ほどジュディからもらったものとは大きく違い
とても丁重に作られた、ハート型のチョコレートであった。
 
「…ここで食わなきゃいけねーのか?」
 
MZDはチラリとサナエを方に目をやると、彼女はもちろん、と返した。
 
「だったらあたしが神君に食べさせてあげようか?」
 
「冗談じゃねぇ!!自分で食うわ!!」
 
そう悲鳴に近い叫びをあげ、MZDはサナエのチョコレートを口に放った。
 
とろりと口の中でほどよく溶けるそのチョコレートは
暖かく、そして─
 
 
 
「甘ぇ」
 
 
 
「…当たり前でしょ?なーんせ愛がたーーーっぷり入ってるもん!」
 
サナエはそう言いつつ、ニコニコ微笑んでMZDを見つめた。
 
「ハイハイそーですか」
 
MZDは少しウンザリした様子だが、何故かさっきよりも機嫌が良くなっている。
甘いチョコレートのせいなのか、
それとも彼女がいるからなのかは分からない。
 
「─  と、そろそろ家にかえんねーとマジでジズが心配すらぁ…」
 
MZDはベンチから立ち上がり、サナエへ別れの挨拶をしようとするが
 
「じゃぁ、あたしも一緒に行くー」
 
サナエまでもがベンチから立ち上がり、そんな事を言い出した。
 
「はぁッ!?何を言い出すんだオマエはヨッ!?」
 
当たり前だが、MZDは仰天した。
だが、サナエはふふん、と笑うとMZDの腕を取り、自分の腕と絡ませた。
 
「良いじゃなーい?だって今日はバレンタインよ?
バレンタインは恋人たちの日v
私と神君は恋人どうしだもの。恋人が恋人の家にお邪魔したって悪くないでしょう?」
 
「誰がオマエと恋人なんだッつの!!
つか来んな!ジズだって迷惑するだろう!!」
 
「あ、大丈夫大丈夫。ジズさんにはさっき携帯で電話したら
どうぞ遊びに来てくださいって言ってたから」
 
 
 
この女には敵わない。
 
 
 
MZDはそんな事を思いながら、なすがままに
ズルズルと引きずられて行ったのであった…
 
 
 
だけども
 
こぅ、なんだか柔らかく暖かい感じがするのは何故だろうか。
MZDは複雑な思いを抱いた。
 
その感覚と、思いの所為は、きっとあのチョコレートのせいだろう。
 
 
 
甘く   そして   暖かい。
 
 
 
バレンタイン特有の、魔法のチョコレート─
 
 
 


 
 
 
後書き
 
M→ジュディについてですが、うちのはこんな感じです。
MZDの一方的な片想い。だけどもその思いは絶対に
あらわにしようとしません。
ジュディにはショルキーがおりますからね。
すでに恋人がいる相手に好きだのどうこうと言っても
自分と結ばれるわけではないから、一種の諦め。
切ない恋をする少年って大好きです(笑)
苦い恋愛をして、少年は少しずつ成長して行く…
ってな話しにしたかったはずなんですが
何故かどっかで道を間違えたような気が…。
 
ちなみに、ジュディは料理ヘタだと思うんですけど…違う?
逆にサナエ様は上手そうだなーと。
何故だ(笑)