The story of urdan evil


 
瞬きするたびに色が変わるスポットライトが目に眩しい。
もっとも、濃い色のサングラスを掛けている彼には得にどうとも感じないが。
ザワザワと人が広いとも言えないホールに大勢ひしめきあい、
互いに流れる音楽に合わせて踊っていた。
午前1時を回ったというのに、その宴は終わりそうにない。
ホールの正面に設置された舞台の上では、若い女性たちが露出した肌をきらめかせ踊っており、
その少し外れのミキサーに彼は居た―
 
右手でヘッドホンを耳に押しつけ、
左手でレコードを回すと薬指にはめられた銀の指輪が
スポットライトに反射し彼の顔を照らした。
 
ここは六本木のとあるクラブ。
某日、そこにいきなり現れた無名DJの存在が
六本木中に知れ渡るのにそんなに時間は必要なかった。
狂いのないテクニックもそうなのだが彼を有名にしたのはその風貌―
 
真夜中の六本木に溶けるかのように全身を黒づくめの服でおおい、
めったにその姿を表さない神出鬼没さ―
そんな彼の事を、六本木の人間たちはこう呼んだ
 
「六本木の悪魔、ねぇ…なかなかいいじゃん?」
 
クラブのスタッフルームで他のDJ達とくつろぐ黒神は、
缶コーヒーを一口含んだ後、そう呟いた。
「知らなかったのか?もっぱらここらでは噂になってるぞ」
クラブの専属DJである青年が驚いたように呟いた。
「まぁー、噂ってのは本人は知らないモンだからね」
他のフリーDJが口を挟んだ。
「しっかし…悪魔ねぇ?こりゃ傑作だゼ」
椅子に腰掛け黒神はゲラゲラ笑った。
彼にとって、このあだ名は皮肉以外何物でないのだから―
もっとも、彼が『神』である事を知る者はある人物以外知らないのだが。
 
「ほれ。コレ今回の報酬」
専属DJがそう言いながら白い封筒を黒神に差し出す。
「お、サンキュ〜。んじゃ、俺様はここで帰るから」
受け取った封筒の中身を確認すると、
そう言って彼は立ち上がり部屋の扉に手を掛けた。
「なぁー。お前この店の専属にならないか?話なら俺が店長にしてやるしさ」
青年が今し方出て行こうとする黒神にそう言うと、彼は首を青年の方へ向け
「人に縛られるのはキライなんでな?自由でいたいんでね、俺様は。じゃーな。またくっぜ」
そう言うと彼はまだ夜が明け切らない街へ続く階段を上っていった―
 
午前二時−−
夜中の都会は見慣れた景色でも冷たく、
そしてここは夜でさえも眠ることはない。
黒神は疲れと一緒に白い息を吐き出すと、
黒いマフラーを首に巻きなおして都会の喧騒の中へ一歩を踏み出した。
 
数分歩いた後、黒神はふとポケットを探った。
手には煙草の箱。
彼はその中から一本を取り出し口に加え、
同じく取り出したライターで火を付けようとした。
カチリ、冷たい空気にライターの渇いた着火音が響く。
「ちっ…風が吹いててうまくつかねぇな…」
ぽつりとそう口にすると辺りを見回し、
風の吹き込まなそうなビルの谷間へと歩いた。
 
『ここなら大丈夫そうだな…』
そして再びライターを口元に近づけると−−ふと人の気配がするのに気付いた。
路地の奥、中身は何かわからない詰まれた木箱の向こう側に。
誰かが壁にもたれかかるようにして立っている。
「…?」
よく耳を懲らして聞けば、落ち着いた息遣いが聞こえる。
ときどき交じる「はぁ」という溜息からし女のようだ。
酔っ払いならこんなところで寝ていても不思議ではないが
こんな時間、こんな場所に女がいるのは不思議でならない。
しかも泥酔しているわけでもなさそうだ。
都会の真夜中−−誰が何をしていようと誰もが気に留めることのない次元。
放っておくのが普通だ、しかし、黒神は何かがひっかかってならなかった。
 
近づいてみる。
黒く長い髪の毛が顔にかかって顔は見えないが、やはり女だ。
木箱に腰を預け、俯いている。
こちらには気付いてないのか、目の前に立った黒神を見上げる気配もない。
 
『…厄介なことには巻き込まれたくないんだがな…』
そう考えたのもつかの間、考えがまとまる前に黒神はこう語りかけていた。
「オマエ…具合でも悪ぃのか?」
 
長い髪が揺れ動き、その人物は顔を上げ、目があった。
女というよりも、まだどことなく少女の面影を残した、調った顔立ちの少女だった。
 
路地の向こう側で車のクラクションがけたたましく鳴り響いている。
口にくわえっぱなしの煙草を軽く噛んで、
黒神は「こりゃハイサヨナラってわけにはいかなさそうだぜ」と思っていた。

 
行き交う車のヘッドライトがビルの谷間に入り込み二人を照らした。
少女はぼぅ…っとしながら目の前に立つ見知らぬ男性を見つめた。
黒神は煙草に火を着けるのも忘れ、
少女の目線に合わせるように腰を屈め
自分の手のひらを少女の顔の前でヒラヒラさせる。
「おーい?大丈夫かー?」
「…ばこ…」
「あ?」
「煙草…捨てて…」
蚊が鳴くような小さな声で少女は呟くと、また顔を伏せてしまった。
「あ?あぁ…?」
黒神はまだ火の着いていない煙草を口から外すとそのまま地面へと落として見せるが、
少女はまだ俯いたままである。
「…」
「…おい?」
「…」
「…」
沈黙が痛いと感じたのは初めての体験だ。と黒神は心の中で呟いた。
彼は溜め息を吐き、少女の姿を確かめた。
白いマフラーを首に巻き薄いベージュのタートルネックセーター。
肘が見える程度の長さのスカートのその姿は、
真夜中の六本木にはまるで相応しくない。
軽いウェーブのかかった肩までとどく黒く艶のある髪が色っぽく見えはしたが。
「おい?嬢ちゃんヨ。一体どうし…」
そう言いかけ、黒神は少女の顔をかくす髪の毛を払い退けようとして手をのばす。
と―
 
ドサッ
 
少女がフラリと前に重心を移動させたと思ったら、そのまま黒神へと倒れ込んだ。
「う わ?お、おい!?どうし… !!」
黒神は少女を抱き起こそうとして彼女の顔を見て愕然とした。
「…すげぇ汗…!しかも…うわ、熱まで…!」
少女の額に手を当てると黒神は今の様に呟いた。
「おい、しっかりしろ。おい?」
呼びかけてみるが、顔色の悪い少女は返事をしない。
黒神は少女を抱き込んだまましばし考え込む。
「…ちっ!面倒なことになったモンだ…」
そう呟くと同時に彼は少女を抱き抱えて立ち上がると、
彼は車や店の明かりが溢れる街へと駆け出した。
 
柔らかなものの上でけだるげに少女は目を覚ました。
少女の目が薄く見開いたのに気付き、黒神は言葉をかけた。
「よ。大丈夫か?」
状況がつかめずに目をぱちくりと数度瞬きさせると、少女はがばりと跳び起きた。
隣には見知らぬ男性が座り込んでいるのだ。
「安心しな。変なことはしねーからよ?
ただ、女抱えて入るのが好ましいとこじゃねーけどよ」 「ここは…?」
「ただのビジネスホテルだ。ホッとしたか?」
そう言って黒神は軽く失笑した。
まだぼーっとしたままの少女は熱のための顔の赤みがやけに色っぽく見せる。
「……」
相変わらず何も喋らない少女に黒神はそれまでにない戸惑いを覚えた。
『まいったぜ…こういうときは普通、ギャーギャー文句言うもんだと思ってたが…』
やっぱり面倒事だったなという思いが胸を過ぎりはしたが
それ以上にこのまま何も聞くことなく別れるには抵抗を感じる。
「あー、一つ聞くけどな、
何でそんなフラフラしてんのにあんなところをうろついてたんだ?」
「……」
「…名前くらい言ってくれても良いだろ」
「……」
「ちっ…」
そう言って黒神は立ち上がり、またポケットから煙草を取り出そうとした。
「煙草…嫌い」
今度は、はっきりとした口調で、澄んだ声でそう言った。
「なんでぇ…喋れるんじゃねぇか」
そう言いながら取り出そうとした煙草をもとに戻した。
「遠慮して畏まってるわけじゃねぇよなー?
普通、初対面のやつに煙草吸うなとか言わねぇぜ?」
「…サナエ」
「ん?」
「名前」
「あ、そうか。俺は…黒神とか呼ばれてるけどな、悪魔でも構わねぇぜ」
クククと苦笑いを浮かべ、黒神は足を前に進めた。
「さてと…サナエ、な。ここの宿泊料金は俺が払っておいてやるから朝まで休め。
無理すんな」 「あなたは?」
「俺か?んーとな、悪魔は朝になる前に退散しなきゃなんねぇんだよ。
悪魔は何するかわかんねぇぜ?」 「…」
サナエの言葉が詰まる。
どうやら、男女二人きりというシチュエーションの気まずさを感じ取ったらしい。
『かわいらしいもんだ』
黒神はじゃあなと呟いて、出口の方へ近づいた。
−−待って!
その声に振り向くと、サナエがベッドから飛び降りて、立っていた。
「あなた、どこかで−−

 
「どこかで…だって?まぁー、ここらでは知らねぇヤツはんなに居ねぇと思うが、な」
黒神はハッと息をつくとサナエをまじまじと眺めた。
「その姿じゃクラブの客とは思わねぇし。勘違いじゃね?」
「で、でも…」
「しつけーなー……ん?」
 
待てよ。
 
なんだろうか。この感覚は。
 
その瞬間、黒神の脳内全ての思考がまるで川の激流の様に流れ出した。
忘れ去られた記憶を辿っているのだ。
 
膨大な量の記憶に流されていたら、とある気あくの断片を見つけた。
その時、ザン…!と記憶の流れが緩やかになった。
 
真っ白い記憶の空間に居るのは二人の幼い少年と少女―
 
所々ぼやけてはいるが何とかその様子は伺える。
 
二人は床にしゃがみこみ、少年はおもちゃのピアノをぽんぽん叩いて音を確認している。
この少年は―自分…?
いや違う。
自分ではない。この記憶は―アイツの記憶…
まだ、『自分が生まれる前』の記憶だ…
 
『ほら、今の音に合わせて声を出すんだゼ』
 
『えー?恥ずかしいよぉ…』
 
少女がもじもじとはにかみながら『自分』が弾くピアに合わせ、歌う。
 
『いいぞ!その調子だ』
 
『そう?うふふ。嬉しい!』
 
『じゃあ、今度はこの音…あぁ、すげぇよ!オマエには歌の才能があるゼ』
 
『本当?嬉しい〜!』
 
『本当さ。…歌をもっと練習してもっと歌えばきっとオマエは立派な歌手になれるさ。
それこそ歌姫になれる。…どんなに辛くても、
どんなに悲しい事があっても、歌う事を忘れるな。約束だぞ?』
 
 
 
『さな―――』
 
 
 
その瞬間、記憶の波は一気に現実に引き戻され、黒神はハッと我に帰った。
時間としてはほんの一瞬。だがその一瞬で彼は全てを悟った。
 
今、自分の目の前に立っているのは
 
あの少女が成長した姿だと言うことに。
 
「ねぇ、あなた本当に…」
「っせーな。しつけーぞ」
サナエが再度呼びかけようとすると、
少々苛立ちを覚えた黒神が彼女の言葉を遮った。
「知らねーモンは知らねーって言ってんだろ」
「でも…」
「本当しつけーな。言ったろ?悪魔は朝になる前に退散しなきゃなんねーって。
…あんまり悪魔を長く引き止めると良くねーぞ…?それこそ、若い女だったりしたら…な」
そう言うと、黒神はサナエに向かって足を一歩踏み出した。
 
「!」
 
黒神はサナエの肩を突き、サナエは後ろのベッドに腰を落とした。
 
−−この苛立ちは何だ?
コイツは俺のことを知っている。
いや、正確には…もう一人の俺のことを。
 
嫉妬しているのか?
 
人間としても神としても不完全な存在の自分は…
人として生きていた、アイツに−−。
 
そのまま、呆気にとられるサナエの肩を掴みシーツの上に押し倒した。
サナエを見下ろすようなかたちでこう言い放つ。
 
「忠告を聞かないオマエが悪いんだぜ…?」
「…!」
 
パシッ
渇いた音が響いた。
サナエは目を固く閉じたまま、黒神の頬を殴った。
 
痛くはなかった。
数秒の沈黙が訪れた。
サナエが恐る恐る目を開くと、黒神は無表情にサナエを見下ろしていた。
 
「もう俺には構うな…」
やっと聞き取れるほどの小声で彼はそう呟くと、
さっと向きを変え、出口に向かおうとした。

 
バタン、と乱暴に扉が閉められ黒神は部屋から出て行き、
一人取り残されたサナエはゆっくり身体を起こすとぼーとしながら扉を眺めた。
しばらく状況が掴めずにいたが今起こった出来事を頭の中で繰り返させると…
「… … …!!」
ようやく自分がどれだけ危険な状況にいたのかが理解でき、ガタガタと肩が震えはじめ、
サナエは自分自身を抱き込むように身を縮めてベッドの上に身体を落とした。
男性に押し倒される事など、まして密室で二人っきりなど、
体験したことなんて無かった
。 サナエはまだおさまらない震えを必死になって押さえつけるように、
ギュッと目を閉じた―
 
カウンターで支払をすませ黒神はビジネスホテルから出ると、
吸い損ねた煙草を取り出して口にくわえライターで火を着けようと―
 
ポッ
 
「?」
 
ライターを持った手に小さく冷たい感触。
なんだ?と思っていたらそれらは数を増していき、
やがてザァッと彼に降り注いで来た。 「…チッ…雨かよ」
空を見上げ、濡れた煙草をくわえたまま、彼は呟いた。
「女にゃ殴られ、雨には降られ。ついてねーなー今日はよー…」
冷たい雨が身体の体温を奪っていくのを感じたが、
何故かサナエに殴られた頬だけは熱く感じた。
黒神はそのまま雨が降りしきる街の中へと踏み出した。
 
 
 
女の子の歌声が聞こえる。
懐かしい気がする。
この声を聞いたのは最近のような…それとも遠い昔かもしれない。
 
−−おい!
 
突然の大声で黒神はハッとなった。
途端に幕を開いたように大音響のクラブミュージックが耳をつんざく。
「悪ィ、考え事しててな」
「オイオイ、最中にボーッとしないでくれよ」
慣れたはずのDJ捌きも、今日はいつものように乗れない。
いや今日も、だろう。
あの雨に降られて街をうろついた日以来、気がつけば過去のことを思い返している。
過去のこと−−正しくは自分の記憶ではないのだが。
思い返せばはがゆい思いに駆られてしまう。
 
どうして自分は居るのだろうか。
何一つ自分のものにできない。
記憶も。
存在も…?
 
「スマネェな、今日は早めに帰らせてもらうぜ」
「え?これからだぜ盛り上がるのは」
「今日は俺がやったところで皆乗れねぇさ。音楽は人の心を映すもんだぜ」
「…何か、あったのか?」
「たいしたことじゃねぇよ。じゃあな」
そう言うと黒神は手早く身支度をしたと思えばさっさと部屋を後にした。
 
−−音は人の心を映す、か…
 
ずっと、記憶の中のピアノの音と歌声が頭の中を回っている。
成長した彼女の弱々しかった声が気にかかる。
『あいつは…まだ歌い続けてるんだろうか…』
 
−−−!
 
今、何か…
 
「……!」
 
この声…あいつか!?
黒神は気がつくと声のした方へ駆け出していた。

 
「珍しいよね、ここに来るなんて…」
「迷惑だったかしら…」
「そんな事ないって。で、相談って何?」
「実はね…」
 
ガチャリ
 
「おい、誰か居…」
 
声が聞こえたスタッフルームの扉を開けながら、黒神は言葉を切った。
そこに居たのは最近人気を集めている新人DJの青年と―
 
「…サナエ……?」
 
彼女だった。
サナエは驚いたように目を見開き、座っていたソファから立ち上がった。
「あ…あなた…ど、どうして……?」
「そりゃーこっちのセリフだぜ。なぁんでんなトコに居るんだよ?」
「ど、どうだっていいでしょ…」
二人のやりとりを眺めながら、青年は不思議そうにサナエに尋ねた。
「ん?二人とも知り合いなの?」
「まぁ、知り合いっちゃー知り合いだけどな?つか、オマエ誰?」
「僕?僕はDJナグレオです。時々貴方を見かけますよ、六本木の悪魔さん?」
クスクスと笑いながら、青年は言った。
チッと面白くなさそうに舌打ちすると、
黒神は開けはなった扉を閉めながら部屋へと入ってきた
。サナエに近づくと、彼女はサッと彼を避けて青年の後ろへと移動した。
『…嫌われたようだな…』
心の中で呟くと、彼はソファにどっかりと腰を下ろし、
二人とは小さなテーブルを挟んで向かい合わせとなる。
「―で、何やってんの?オマエら?女を連れ込むんなら別の場所にしてくれよなー?」
「違います。サナエちゃんは僕に相談事があって、わざわざここに訪れたんですよ」
ふぅ、と呆れたように溜め息を吐くと、
青年は自分の後ろに立っているサナエへ顔を向け、ね、とニコリと笑う。
何だか仲の良さそうな二人を見て黒神は少し不機嫌そうに眉を動かした。
青年は黒神に向き返り、自分の手を握りながら前かがみになる。
「実は彼女にですね、とあるパーティからの招待状が届いたんです。
その事について僕にアドバイスが欲しいって言うんですよ」
「パーティ?んじゃそりゃ?何て言うパーティなのさ?」
「えっと…確か―
 
ポップンミュージックパーティ
 
とか言ったっけ…」
 
ポップン…パーティ
知っている、何たって主催者は…自分のようなものだ。
アイツは知ってるのか?
サナエが自分の過去の知り合いってことを。
もしもサナエがアイツの素性に気付いたりしたらどうするんだ!
 
「どうかしました?」
レオが穏やかな声で話し掛けた。
「…いや…」
 
黒神は困惑していた。
まさかとは思うが、サナエが10年前の記憶を明確に覚えてたりでもしたら…
俺らが、年をとらないってことを知りでもしたら…どうなる?
解ってンのか。
俺達は普通には生きられないんだぜ。
人と関わって生きることだって−−。
 
黒神はそれ以上何も言えなかった。

「アナタも−」
ふいにサナエが切り出した。
「アナタもパーティの関係者じゃないの?」
「…唐突だな、何だいきなり」
「さっきアナタの演奏する曲を聴いた、申し分ない技術だと思う。
ポップンパーティって、
そんな人が招待されるんでしょう?
じゃあアナタも招待されててもおかしくない」
「…残念だけど、俺には関係ネェな。俺は決められたやり方で演奏してるだけだぜ。
だいたい、俺のこと嫌いなんだろ?俺がいねぇ方が喜んで参加できるじゃねぇか」
 
サナエは軽く目を閉じて応えた。

「音楽や声は、人の心を映す…」
「!」
「…昔、ある人からそう教わった。私、歌うのが好きだけど…その人の影響なのよね。
今は…どこにいるかもどうしてるかもわからないけど」
「…」
「アナタの曲は…うまく説明できないけど、とっても力強い感じがする」
 
しばしの沈黙。
 
「あんなことするアナタは嫌いだけどね…」
「サナエちゃんはさ、君の音楽が好きなんだってさ」
場の張り詰めた空気を解(ほぐ)すようにレオが言葉をはさんだ。
サナエは顔を赤くしながら
「ち、ちょっと!そんなんじゃ…!」
と反論する。
それを気に留めた様子もなく、レオはこう続けた。
「何があったか知らないけどさ、
蟠(わだかま)りがあるならちゃんと話をした方が良いよ、話しづらいなら席を外そう」
そう言われてサナエは胸のうちをつかれ、言い返せなかった。
「ちょうど出番が近いからね。行ってくる」
「うん…」
DJナグレオはそう言い残して部屋を後にした。

 
「…」
「…」
二人になり、再び沈黙する。
 
「…ねぇ」
「…なぁ」
 
『!』
 
「…」
三度目の沈黙が訪れる。
先に切り出したのは黒神だった。
「言いたいことがあるなら、言え」
「…アナタは、私のこと知ってる…?」
「…知ってるも何も…この前初対面だろ?何を根拠に」
「いきなり『俺に構うな』って言い出すし…なにかは知らないけど、
もしかしたら、何か知ってる?隠してる!?私がアナタにどこかであったような気がする理由、
知ってるんじゃ…?」 「知らねぇっつってんだろ!」
黒神はテーブルを強く叩いて立ち上がったが
サナエはそれに怯むことなく言った。
「アナタはもしかしたら−−
 
サナエが言い終わる前に、黒神が動いた。
彼は素早く右腕を伸ばすと彼女の口を押さえ、
余った左腕で彼女の肩を掴みそのままソファの上へと押し倒した。
「!!」
ガタン、とテーブルが音をたててひっくり返る。
黒神がサナエの上に乗しかかると、ギシッとソファがきしんだ。
「…いちいちうるせぇんだよ、テメェ…」
サナエを押さえつけたまま、黒神は肩を掴む手に力を入れる。
「…!」
鈍い痛みにサナエは顔を歪め、目を固く閉じる。
 
あの時と同じだ…
ただ違うのは…今、コイツが無抵抗な事。

「俺に構うなっつただろ…」
 
サナエの口を解放し、彼女が身につけているマフラーを剥ぎ取ると
その場に乱暴にほおり投げる。
 
「俺は何もしらねぇんだよ」
 
過去の事なんて
 
知りたくたって
 
知ることさえ許されない。
 
何か言えよ…
 
何で何も言わねぇんだよ…
 
止めろ…
 
んな目で、俺を見るんじゃねぇ…
 
サナエは何も言わず、ただ黒神をじっと見つめていた。
 
「くっ…!」
黒神は小さく呻くとサナエにかけた手を放し背を向けた。
 
「だいたい−−何が言いてぇんだ」
 
こんな時、アイツならどうする−−?
「人を捜していて…それが俺だとでも思ってんのか?」
いっそのこと、話しちまうか?全部…
「…そんながむしゃらに捜し回ってよ…向こうも捜してるって保障はねぇのにな!」
俺もアイツも…居場所がなくなるだけだ。
 
「…馬鹿かよ、そんな昔の約束を信じ続けて捜し回って」
 
いや…俺は今更変わりはしないか−−
 
「…違うのね、…『お兄ちゃん』じゃ…」
 
突然の涙声に我に帰り、振り向いた先には涙を流すサナエ。
 
「…『お兄ちゃん』…だと?」
 
「私、この街に来てからずっと探し続けてた。私に歌うことを教えてくれた人…」
「…」
「私が子供の時、その人は私と約束したわ…『ずっと歌を歌えよ』って。
…私を覚えててくれてるかも捜してくれたかも確証はないわ」
サナエは身を起こし、さらに強い口調で言い放った。
「最初はアナタは雰囲気が似てると思った!アナタがお兄ちゃんじゃないかと思った!
だけど…お兄ちゃんは絶対にそんなことは言わないわ!」
 
「!」
 
「もう良いのよ、もう会えなくても!約束を忘れなければ
いつかは会えるときがくると思ってたけど…」
サナエは勢いよく立ち上がりドアの方へと駆けた。
ドアの取っ手に手をかけ、黒神の方に向き直りぽつりと呟いた。
 
「巡り会わせなんて都合良くあるはずないわよね…神様でもいないかぎり…」
そう言い残すとサナエはドアを開き、引き留める間を与えもせず走っていった。
 
一人残された黒神は呆然と立ち尽くすしかなかった。
 
「…神様か…。これは…お前の意図なのか?もう一人の俺」
 
床に落ちていたサナエのマフラーを広いあげ、強く握りしめた。
 
−アイツは会える保障もねぇってのに今まで信じ続けたんだよな
これでアイツが夢を失って歌うのをやめちまったら…誰も救われねぇだろ、神様ヨォ?
 
再びドアが勢いよく開かれ、黒神は出口へ続く階段を駆け登った。
 
−−悪魔でもちったぁ救えるやつもいるだろ?

 
都会の冷たい風が吹きつける。
でもそれ以上に冷たいのは頬に流れる自分の涙だと、
サナエは感じた。ぐぃっと涙を拭い、サナエは空を見上げた。
「馬鹿じゃないか…か…そうなのかもしれないわね…
子供の頃に約束した事をいつまでも本気にしてて…」
ぬぐっても、また涙があふれては止まらない。
はぁ…と溜め息を吐いていると…
「馬鹿って、どうしたの?」
「あれあれ。泣いてるのー?何かあったの?ねぇねぇー」
 
「!!」
 
裏路地へと続くビルの谷間から、
サナエの様子を見ていたらしい5〜6人の少年たちがニヤニヤ笑いながら出てきた。
どうみても、『真面目』な風には見えない。
「な、何よ…君達には関係ないでしょ。ほっといてよ…」
「冷たいねぇおねーさん。あ、もしかして男にフられたとか?」
「そうだったら俺達が慰めてあげるよ」
少年の一人がサナエの両腕を掴み、背中に押さえつけた。
「な…!ちょっ、離し…」
サナエは驚きつつも腕を振りほどこうと身体を動かすが、少年の力が上だった。
そのまま裏路地へと引きずりこまれ、助けを呼ぼうとも口を塞がれてしまい、出来ない。
 
ニヤニヤと不気味に笑い少年達が、とても恐ろしく見える。
 
−いや……っ!!
 
サナエは顔を逸らし目を閉じた。
 
…と、その時
 
「な、何だ?オマエ…グワッ!」
 
バキッと重く鈍い音が裏路地に響いたと思ったら、
見張り役に徹していた少年がその場に倒れこみ、
思わずその場にいた全員がその方向へ振り向いた。
少年の頭をガッと踏みつけ、一人の『悪魔』が姿を現した。
 
「な、何だテメェは!」
リーダー格と思われる青年が吠える。
「そりゃぁ…こっちのセリフだぜ?オマエら、その女に手を出すなんていい度胸だな?」
悪魔は…黒神は失笑しながら、ずいっと少年達に近付く。
「くそ!やっちまえ!」
少年がそう叫ぶと、一斉に他の少年達が黒神に向かって襲いかかった―
 
勝負はあっけなく終わった。
襲いかかった少年達は全員、黒神の一撃により倒され、
リーダー格の少年に至っては逃げ出してしまった。
自由の身となったサナエは腰を抜かしているようにその場にしゃがみこみ、俯いている。
「お前なー。こんな真夜中に女一人でいたら危ないに決まってんだろ」
「…」
「…ちっ」
ビル風が強く二人に吹きつけた。
 
「…悪かったな」
「えっ?」
 
黒神の意外な言葉にサナエは目を丸くした。
両手で服についた挨を叩(はた)いて立ち上がる。
サナエが顔を上げるて、目の前には自分の愛用のマフラーが。
「あ…」
「ほらよ、忘れモンだ」
黒神の手からそれを受け取ると、
しばらくそれを見つめてからゆっくりと首に巻き直した。
 
「お前、ポップンパーティに出ろ」
「!…いきなり何…」
サナエが言い終わらないうちに黒神は言葉を遮りこう続けた。
ふいっと目を反らしながら。
 
「俺は神様っつーもんは信じねぇけどな」
「…」
「神様がいるなら、望みのねぇ出会いなんか作らねぇさ」
「それって…」
「今お前がそいつのおかげで居るってんなら、
俺だってちったぁ巡り会わせっつーもんを信じてやる」
「巡り…合わせ…」
 
「だからお前は−−歌うことをやめるな。
どんなに辛くても苦しくても歌うことを忘れなければ、
そいつにまた会えるときが来るぜ」
 
「…!」
サナエの目から再び大きな涙が一滴零れ落ちた。
 
「サナエ、あんまり夜中にウロつくんじゃねぇ。
この前にしてもよ、あんなとこでうずくまってて
変なやつに見つかりでもしたらどうすんだよ」
「あ…そうね。反省してる…」
「家は?」
「今はここから二駅離れたところ」
「駅まで見送ってやる、来い」
 
相も変わらず時間の流れから抜け出したような賑やかな街中。
眠るのを忘れたかのようなネオンライトの雨。
 
サナエは歩きながら話し始めた。
「子供のころ、このあたりに住んでたの。
昔はこんなにガヤガヤしたとこじゃなかったんだけど…。
私、先週こっちに来たばっかりなんだけど、
もしかしたら、お兄ちゃんがまだどこかにいるかもしれないって思って…
音楽好きだったからバンドとかクラブDJしてるかもって思ってて」
「夜通し捜してしまったっつーわけか」
「夜通しじゃないわ、この前は少し疲れて動けなかっただけ」
「充分危ねえじゃねぇか」
「悪魔に見つかったしね」
「ケッ、うまいこと言うな。次会ったときは遠慮しねぇからな?」
「何の?」
「悪魔は貪欲だからな。気に入ったモンは何が何でも手に入れてぇんだよ」
「何ソレ」
「自分で考えな」
 
二人の話し声を車のクラクションと人々の騒ぐ声があとから掻き消して言った。
 
駅の改札口にて。
「ねぇ…アナタは本当に…違うの?」
「残念だけどな、お前の捜し人じゃねぇのは確かだ」
「そう…」
「ガッカリすんな。言ったろ?お前がそれを忘れなかったらチャンスはいずれ来るだろ」
「変なの、馬鹿にしたり励ましてくれたり」
「気まぐれなんでな。お、アナウンス鳴ってんぞ。早く行け。じゃあな」
そう言い残すと、瞬きをしているようなあっという間に
黒神は人込みと都会の闇に紛れて消えた。
 
そして。
「でも−−ありがとう」
改札口で呟かれたこの言葉も、誰の耳に届くこともなく闇に溶けていった。


 
 

後書き
 
希理さんとのリレーMサナSSでした☆
元々希理さんのサイトにありましたMサナリレメを
許可いただいてこちらにも転載させていただきました。
背景やレイアウトは勝手にやらせていただきましたが
背景の所為で文字読みにく!!スイマセン…。
 
Mサナ出会い話〜。黒神、いきなり邪です。そう引っ張ったのは私です(…)
でも、まだ出会ったばかりなのでそれほど強引でもないですかね。
 
黒神はMZDの別人格でありまして、MZDの昔の記憶も持っていますが
正しくは自分の記憶ではないので、サナエに出会った際に思い出した映像に
嫉妬と戸惑いを覚えてるっぽいです。
ここでのサナエ様は黒神とMZDが同一人物であることを知らなく
黒神も、MZDも自分たちが同じであることは隠しているのです。
その事を承知の上、MZDがサナエをポップンパーティに招いた意図は…?
それはまた次に。
 
ちなみに、それぞれの担当部分は色分けしております。
私→■
希理さん→
あまり差がないのは背景に解けにくい色がこれしかなかっ…たっ……ガク。
 
 
 
 
 
ひっそりオマケ。
希理さんから頂いたこの話のイメージイラストがあります。
コチラからドーゾ☆