秘密話


 
 
 
その日、MZDはしもべ達の散歩も兼ねて近所の公園へ来ていた。  
日曜の公園はいつも決まって親子連れでにぎわう。  
自分よりも何才も年下の子供たち。そして、我が子を愛する親たち。  
そんな何組もの親子の姿をみると、彼の胸に開いたカラッポの『穴』に  
冷たい風が吹き抜けていくのを感じたが、それが何なのかMZDには分かり得なかった。  
 
「ケッ…つまんねー」  
 
家に戻り、自室でエンピツを奥歯でくわえながら、ちらかった机に頬杖を付きMZDは呟いた。  
なんで自分がこんな感覚を覚えるのか、理解出来ずに不機嫌な様子だ。  
そう言えば、胃痛で倒れたあの日にも似たような感覚があったっけ。  
そんな事を思いながらMZDはポケットから携帯電話を取り出すと、片手で操作しだした。  
暇なので、サイバーとスマイルを呼び出そう。そう、考えた。  
 
だが  
 
「あー、サイバー?明日に中間試験があってその勉強しているんだー。ゴメンな、神様」  
と、出たのはマコトで  
 
「スマイルならお菓子の食べ過ぎで虫歯が出来てしまったから、ミルクさんの所へ行っちまったッスよ。
ったく、だからあれほど言っているって言うッスのに…」  
と、出たのはアッシュ。  
 
MZDは携帯の電源を切ると、はぁっと溜め息を吐き椅子にもたれた。  
「んだよ…みんな予約済みかよ…」  
 
つまらない。  
何故だか分からないが、今日は何だかつまらない。  
 
MZDは携帯を机の上に置くとそのまま机の上に突っぷした。  
 
部屋の掃除をしろとジズに言われているが、知った事か。  
今はそんな気分になれないんだヨ…。  
 
うとうとと、訪れた睡魔を追い払おうともせずに身をまかせようとしたその時。  
 
ピピピピピピピ!!  
 
携帯が、彼の耳元で鳴り響いた。  
 
もしかして、サイバーかスマイルかもしれない。  
どことなく、心が弾んでいた気がしたが  
それは一瞬で打ち砕かれた。  
こっちが話し始める隙も与えず、電話の主は  
「…も」  
 
『ヨォ!元気か!?』  
 
… … …  
 
MZDの指は無意識に電源ボタンをまさぐっていた。  
 
『ちょい待て!用件も聞かずに切るなっつの』  
はぁああ…  
大きな溜息をついてMZDは仕方なく電話を耳にあてがった。  
 
「…何で番号知ってんだよ…」  
『野暮なこと言うんじゃねぇヨ。  
お前のものは俺のもの〜って言うじゃねぇ?』  
「テメエの相手してっと今度こそ病院送りにされそうなんですがね」  
『そんなこと言われると照れるじゃねぇかヨ』  
「誉めてねぇよ…!」  
あぁ…今度は頭痛が…。  
 
「で?」  
『あ?』  
「用件だよ用件!何もないなら切るぞ!」  
『つれないネェ…。実はサナエのやつがヨ、  
どうしても俺様とデートしたいって言って聞かねぇんだな』  
「は?」  
黒神の声に紛れてギャーギャー騒ぐ声が聞こえる。  
『ちょっと!誰がアンタとデートしたいなんて言ったのよ!』  
『珍しくめかしこんでんじゃネェ?  
俺様をデートに誘うつもりなんだと思ったゼ』  
『誰が!私は神くんを誘うつもりなの!』  
『だからこうやってわざわざ連絡してやってんじゃん?』  
『あんたが言うとまとまる話もまとまらないのよ〜馬鹿!』  
 
「……」  
よく飽きないもんだと、ぐぅの音も出ない。  
 
どうやらサナエが受話器を奪ったらしく、電話の相手はサナエに変わった。  
 
『ごめんね神くん、騒がせちゃって。  
今、中央公園にいるんだけどね、  
アイツに鉢合わせするなんて…別の道通ればよかったわ』  
「…お前らも好きだよな…」  
『何を?』  
「いや、何でもねぇ。ところで何の用だ?」  
『あのね、友達から遊園地の入場チケット貰ったの。  
でも今日までけどリエちゃんは用があって無理みたいだから、神くん誘って行きたいなと思って…』  
『オ?大人2名子供2名まで無料、か』  
『い…いつの間に…!返しなさいよ!』  
 
…また始まった…。  
もう慣れたとはいっても、やはりこいつらの口げんかには神経を削る。  
サナエもムキにならなきゃアイツも面白がって言わないだろうに…何とかならないものか。  
 
『たまには大人しく俺様の頼みも聞いてみろヨ』  
『イヤよ!神くんならまだしもアンタに従うなんて絶対イヤ!』  
 
 
 
…!  
 
「サナエ、今日は暇だから行っても良いぜ」  
『ホント!?』  
「ただし一つ条件がある。  
…今日一日、その馬鹿と喧嘩すんな」  
『え…えぇ〜!?』  
「オマエな、ムキになるから面白がられんだヨ。  
この機会に、あしらえるようにしてみろ」  
『…う…うん』  
「じゃ、準備したら出掛けるからヨ、待っててくれ。  
あ、もっかいそこの馬鹿に替わってくれるか?」  
『…わかったわ。ハイ』  
 
『何企んでんだヨ』  
「人聞きの悪いこと言うな。  
テメエもな、必要以上にサナエにちょっかい出すのもやめやがれ。  
ったく、どんなに迷惑してると思ってんだヨ」  
『ちょっかいっつーかな、俺様なりに誠実なんだぜ?』  
 
「…テメエほどその言葉が似合わないやつはいねぇよ…  
…どうせサナエが嫌がっても一緒に行くつもりだろ?  
たまにはちょっとは大人しくしやがれ」  
『ハイハイ。じゃあな』  
プツン−  
 
「神くん、何って言ってたの?」  
「あー、あいつなりに喜んでるみたいじゃねェ?」  
「まぁ良いけど…不安だわ…」  
「俺に喧嘩売るなってクギ刺されたみてぇだな、ケケケ」  
「原因はアンタでしょ!」  
「喧嘩ごしで話してたらアウトだぜ?」  
「くぅ〜!」  
手を握り閉めて悔しがるサナエ。  
 
 
 
ジズへ。サナエと某馬鹿と出掛けてくる。  
夕飯は多分食ってくるから用意しなくて良いぜ。  
 
机の上にそう記した書き置きを残し、  
MZDは勢いよく帽子をかぶった。  
「今日は面白くなる…かな?」  
 
 
 
「あ、神くーん。こっちこっち!」  
MZDが中央公園へ入るとすぐにサナエ達の姿が見つかった。  
「またせたな」  
「ううん。ぜんぜーん」  
サナエはそう言うとさも当然かのようにMZDの腕をとる。  
「お、おい…離せ…」  
「さぁ、早く行きましょう!遊園地はここから4つ先の駅だから」  
ウキウキと嬉しいサナエにMZDの言葉は通じていないようだ。  
「そーだな。早くしないと日が暮れちまう。んま、日が暮れたら暮れたでオトナの時間だけどヨ〜」  
相変わらずの、一歩間違えればセクハラで訴えられそうな黒神のセリフ。  
サナエの一瞬動きが止まったがMZDがそばにいるのもあり、すぐにスタスタ足を進めた。  
「遊園地に着いたら何乗りたい?あ、その前にランチでも食べる?」  
黒神を無視してMZDに話しかけるサナエ。  
そんなサナエの態度が気にいらないらしく、黒神はぷぅ、と頬を膨らます。  
 
−…今はまだ大丈夫かな…?  
 
一抹の不安はあるが、この二人の言い争いの間に挟まれないのならば  
こんなにも楽な事はない。  
願わくば、今日だけでも平和に過ごせられますように…。  
 
遊園地に入園すれば、そこは夢の世界。  
入口で従業員の女性から貰った風船を握りながら、MZDはサナエに腕を取られたまま
園内案内板の前に立っていた。黒神は二人の後ろに立つ。  
「ねぇ、神くん、どこに行きたい?」  
MZDは下から上へ。上から下へと案内板を眺める。  
ジェットコースター。  
ホラーハウス。  
フラワーガーデン。  
カフェレストラン。  
どれも魅力的だ。  
MZDはしばし迷い、やがて口を開いた。  
「あぁ…じゃあ、ココ」  
風船を離さぬように指を刺した場所は−  
 
間髪入れず黒神が言った。  
「コーヒーカップ?こんなガキっぽいもんに乗りたいのかねー?」  
「あら、子供っぽくなんてないわよ!夢があって良いじゃない」  
 
MZDが指定したのは、大きな円盤の上で大きなコーヒーカップ状の乗り物が回るアトラクション。  
特にこだわりがあったわけでもないが、  
乗り物類の中では最も落ち着いて楽しめそうなので選んだ。  
正直、まったくもって無関心だったといえばそれは建前であって。  
『…すっげー昔に、こういうのに乗ったことある気がすんだけどな…いつだっけ』  
 
「神くんー、何してるの?行きましょうよ」  
「あ、ワリ」  
MZDはコーヒーカップの方へと駆け出した。  
 
「3名様ですね」  
「…」  
サナエはどことなく不満そうだったが、何か文句を言えば喧嘩になりそうなので押し黙っているようだった。  
「俺様も乗せてくれるってか。いつになく優しいネェ」  
もちろんサナエの心情を知ってのセリフだろう。  
 
「どうぞ、こっちへ」  
従業員がカップの扉を開くと一行はいささか大きめのカップに乗り込んだ。  
MZDとサナエが席について黒神の方をうかがうと  
黒神は両腕をカップの淵にかけてさも「高見の見物」な態度だ。  
 
「それでは回りますー!」  
アナウンスがかかると、一番下の一番大きな円盤が時計回りにゆっくりと、
次第に加速しながら回転していった。  
ふいに黒神がこう切り出した。  
「知ってっか?この真ん中のハンドル回すとカップの回転が速くなるんだゼ」  
「速くなってどうするのよ」  
サナエのそっけない返答を気にもせず、黒神は片手で軽くハンドルを回した。  
いささか、回転速度が増したような気がした。  
「ちょっと!回し過ぎちゃ駄目よ、目が回るんだから!」  
黒神は一瞬手を止めたかと思うと口元に笑みを浮かべ  
「うりゃ」  
思い切り回した。  
カップはすごい勢いで回り始める。  
「ち…ちょっとぉお!!!!」  
「ぐわっ!!!!」  
調子づいてますます楽しげに回す黒神…。  
 
「や、やめなさいって…ばっ!」  
「やめ…」  
黒神は手を止める様子もなく。  
「オマエらこンくらいで弱音吐くなよな〜?  
サナエもよー、そんな弱腰だったら俺様も張り合いなくなっちまうじゃねェ?  
ま、酔っちまったら俺様が介抱してやっても良いけどヨ」  
回転に翻弄されている様子もなく、さらりとそう言う。  
 
サナエ…こ、これは挑発だ!  
 
「な…何ですってぇ…!?  
これくらいで酔ったりするもんですか!」  
 
…あおられてる…  
「そっちこそ!簡単にバテるんじゃないわよ!」  
「そう来ネェとな」  
「って…オ…」  
がぶ  
 
…舌、噛んだ…  
 
「負けるもんですか!」  
サナエは黒神に対抗してハンドルを回す。  
「俺様に勝つつもりか?」  
黒神も負けじと回しまくる。  
 
ぐるぐる  
 
「ちょっ…オマエ…ら…」  
 
ぐるぐる  
 
「なんか…速過ぎ…!!」  
 
ぐらぁ…  
 
…早速こんな目に遭うなんてな…  
俺、ちょっと考え甘かったかも…。  
 
薄れゆく意識の中でMZDは「昨日は平和だったなぁ…」と考えていた。  
 
「お疲れ様でしたー」  
 
係の明るい声など、MZDの耳には入らない。  
ふらつく足で地面に立つのがやっとの状態だ。  
「よーよー。顔が青いぜ?オマエ」  
MZDとは対照的に、ケロリと突っ立つ黒神が笑いながら言った。  
一体、彼はどんなバランス感覚なのだろう。  
サナエの方もある程度ダメージを受けたらしいがMZDほどではない。  
「アンタね、何考えているのよッ!」  
「んん?俺様はただ面白くしようとしただけだゼ?フツーに乗っていたらつまんねーだろ」  
「…テメェが何もしない方がよっぽど楽しめるンだよ…」  
ジロリと黒神をにらみ付けるが彼は軽く口笛を吹きつつ、明後日の方向へ向く。  
 
−…コイツは…!  
 
蹴りの一発くらい味わらせてやりたいが、生憎そんな気力がない。  
MZDは近くのベンチに腰をおろすと空を見上げて深呼吸をした。  
「神くん、大丈夫?」  
心配したサナエが隣に座り、彼の肩に手をかけた。  
「あー…ん、まぁ…」  
「ゴメンね…ついコイツに乗せられて…」  
そう言いつつ、サナエが黒神を指差すと  
「その割にはずいぶん回したよなぁ。オマエもヨ?」  
クククと肩を小刻みに揺らして黒神は笑う。  
 
−…コイツらに喧嘩をすんなっつっても無駄か…  
 
MZDは分かり切った事に期待をかけた自分を情け無いと思った…。  
 
「あー、腹減ってきたな」  
「さっきまで乗り物に乗ってたのに…よく食欲が出るわね」  
MZDはまだ青い顔をして『ノーセンキュー』といった表情だ。  
「そこいらから旨そうな匂いがしてくるしよ、  
休憩がてらどっかで飯食わねぇか?」  
なるほど、それは一理ある。  
「そうねぇ…食事じゃなくても何か食べたいところね。  
どうする?神くん」  
「…とりあえず賛成。何か飲み物が欲しい」  
「決まりだな」  
 
回りをざっと見回すと、30メートルほど先にガラスばりの建物が見える。  
位置や雰囲気からして食事処に間違いないだろう。  
「うぇ〜っぷ…」  
MZDはまだふらふらしていた。  
 
レストランは、一番混む時間帯なわけでもないのに人でごった返していた。  
「何だヨ、めちゃくちゃ混んでるじゃねぇか。  
こりゃしばらく待ちか」  
サナエも軽くあたりを見回して  
「本当。ここでイベントでもやるのかしらね」  
と続けた。  
待ち人用に用意された長細い椅子は幸にも  
数人は座れるスペースがあいている。  
「助かった〜よっと」  
 
「あっ」  
 
「…あっ、どうもスイマ…」  
 
同時に逆方向から座って来た人物にぶつかり、ハッとしたMZD。  
その直後、MZDと相手は目を見開いてお互いを指差しあう。  
 
「「え”…!?」」  
 
 
 
「なんでMが居るのー?」  
 
 
 
「…ド、ドナッ?」  
 
そう、MZDの目の前に立つ人物は某財閥の我が侭娘。
MZDは彼女に驚いたわけではなく、彼女がこのような庶民的な娯楽場に居る事に驚いていた。  
そして、ドナもMZDに対して同じだった。  
「そりゃコッチのセリフだぜ。オマエみたいなお嬢様がんなトコに居るなんてヨ。珍しいじゃねーか」  
「この遊園地はパパが買った物でね、
たまには買った物を見てみたいって言ったからボクも付いてきたんだ」  
流石大金持ち。遊園地に遊びにくる理由のスケールが違う。MZDは思わず失笑した。  
「Mはどうしてここに居るの?」  
「あぁ。サナエと」  
首を後ろに回し、黒神を指差して  
「あの馬鹿に付き合わされてな」  
やれやれとため息を吐いた。  
「へぇ。賑やかそうでいいじゃん。ボクはパパとママと一緒」  
と、ドナの存在に気か付いたサナエがやって来て  
「あら、今日はードナ」  
と挨拶をした。  
「あ、今日はサナエさん。今日はMとデート?」  
「あらー、そう見える?」  
「!ばっ…何言って」  
「ははは。冗談に決まっているだろー」  
ケラケラ笑うドナとサナエ。  
だが、MZDにとっては例え冗談だろうとたまった物ではない。  
 
「おーい。席空いたみてぇだけど?お、ドナじゃん。久」  
空席待ちをしていた黒神がやってくると、3人は反射的に彼に顔を向けた。  
「あら、そう。じゃあ神くん、行きましょう」  
サナエはMZDの手を取ると、そう言いながら黒神の横をすり抜ける。  
黒神はふぅ、と肩を降ろすと背を屈めてドナにそっと話かけた。  
「よ、飯食ったらオマエ俺様達と合流しね?」  
「は?なんで?」  
「だって遊園地ってのは大人数で遊んだ方が楽しくね?それに、丁度2対2になって都合もイイし?」  
「ボクにはダミやん様がいるから、Mには興味ないよ?」  
「イヤイヤ、別にオマエとアイツがくっつけなんて意味じゃなくてネ?
ホラー…よ、アイツがいる限りサナエはず〜〜っとアイツから離れそうになくってさぁ…」  
「えっと…それってつまり…」  
 
「自分達の邪魔をしないよう、サナエさんからMを離して置いてって事?」  
 
「そう!そうなんだ!さっすが、良く分かってくれるヨな〜。ってコトで、OK?」  
 
一体何が『ってコトで』なのだろう。  
黒神はドナの肩に右手をかけ、左手で『頼む』とジェスチャーを試みると、ドナは  
「ん〜…いいよ?協力してやるよ」  
何とも意外な反応を見せたのだ。  
「うぉ!マジ?サンキュ…」  
「ただし!!」  
 
「ダミやん様の限定版プレミアムアナログレコード(定価¥26800)買ってくれるならね?」  
 
笑ったままの顔で青ざめる黒神を眺め、ドナはニヒヒと笑ったのだった。  
 
 
 
「ちょうどボクもランチを取りにきたところだったんだ♪」  
開いた席は四人分。  
ドナは半ば強引にMZD達一行に加わった。  
「食事は大人数の方が楽しいし」  
と、MZDとサナエは好意的に受け入れたが  
約一名、何か腹積もりを持ってこの様子を見守っているのに気付いた者はいなかった。  
 
「ふぅ、お腹いっぱい〜」  
食事を終え、レストランを後にした四人。  
サナエが辺りのアトラクションの種類を確かめようと  
ガイドマップを両手で広げたとき、唐突にドナが切り出した。  
 
「ねぇねぇ、あそこのホラーハウスさっ  
あれ最近できたんだってさ。行ってみようよ!」  
「ホラーハウス?」  
ドナが指差した先には、怪物がいかにもいただきますと言うかのように大きな口を開けていて、  
耳を済ますとその入口と思われる口の中から色んな叫び声が聞こえてくる。  
「え…あ、あんなところ好きなの…?」  
サナエが少し不安げに嫌がる顔をしたものの、ドナは  
「ここって、出るってウワサらしいんだよ〜そうでなくても立体映像とか駆使してるらしいんだけどさ!」  
「え…何が?」  
「やだなぁ、出るって言ったら決まってるのに〜ねっ、行こ行こ!」  
「へっ?へっ!?」  
躊躇するサナエの背を押して、ドナは強引に一行をアトラクションの入口にまで引っ張った。  
 
「あれー?これ二人一組で入るみたいだね?  
しかも『身長順』だってさ。  
しかたないなぁ、ボク、Mと一緒だね?」  
そう言ってちらりとサナエを一瞥する。  
「え、ええ〜!?二人!?そんなぁ…」  
「…身長順…」  
「ささっ、M、行くよー!」  
「お前、何か企んで…ってうぎゃっ」  
哀れにもMZDは、服のフードを掴まれ引きずられるのも同然に  
ホラーハウスの中に連れ込まれていった。  
 
「う〜わ〜ぁ〜…〜…」  
次第に小さくなっていくMZDの叫び声を聞き、いつも強気なサナエの表情は優れない。  
「んー、何怖じけづいてんだヨ」  
「怖じけづいてなんかいないわよ!失礼ね!」  
そう強がってはみたものの、わざとらしい黒神の態度や  
強引なドナが即席で考えた嘘に気付かなかったことから  
よっぽど動揺しているのかが解る。  
「お?一人で入るってか?凄いネェ」  
「…だ…誰もそんなこと言ってないでしょ!」  
威勢は良くてもさりげなく黒神が先に行くのを期待しているようで  
黒神は「してやったり」と笑みを隠せないのだった。  
 
ホラーハウスの中はひんやりとした風が随時なびいており、肌を刺した。  
MZDとドナは十分すぎるほど広い道を、横に並んで歩く。  
「ったくヨー。こんな作りモンの何処が恐いんだ?」  
道の両端に立ち並び、青い顔をして客を脅す人形をMZDはパシリと叩いて見せた。  
「あれー。そうかな?作り物だって言ってもゾクゾクしない?」  
その『ゾクゾク』など微塵も感じていないドナが言ってもあまり説得力はなさそうだ。  
「しねぇーヨ。第一、ウチには本物が居るンだぜ?…ま、説教とかは恐いけどヨー」  
「ははは。ジョルジョも怒ると恐いんだー」  
「互いに執事にゃぁ苦労すんな?」  
「ほーんと」  
 
などと、MZDとドナが執事話に花を咲かせている一方―  
 
「おーい?」  
「…」  
ホラーハウスの入口ではまだサナエたちがいた。  
従業員は『まだ?』と疲れた顔で二人を眺め、他の客らが二人を見てはクスクス笑って中に入っていく。  
「なぁ〜本当は恐いんだろ?」  
「こ、恐くなんかないわよ!」  
「あ、そ。んじゃぁ一人で行けれるよな?俺様先行っているからな」  
そんな事を言うと、黒神はくるりと回れ右。そのままホラーハウスの中へと姿を消していった。  
「え…ちょ、待ちなさいよー!」  
サナエは追うよりもこのまま外で皆が出てくるまで待っていれば良いことなど、
一人にされると言う無意識の不安から忘れ、黒神を追い魔の館へと自ら入り込んで行った。  
 
その時、怪物がニヤリと笑った事に誰も気が付かなかった。  
 
「ち、ちょっと待ってよ〜」  
普段からは想像もつかないようなふにゃふにゃさか出せないサナエ。  
そんな姿がおかしくてたまらないが、仕組んだのは自分なので黒神はなんとか笑いを噛み殺す。  
「おら、早く来ないとおいてっちまうぞー。恐かったら抱き着いてくれてもいいゼ?」  
「だ、誰がアンタなんかにぃ…」  
「って、じゃあ何で俺の服の裾掴んでんだろうな」  
「…放っておいて頂戴」  
それとは対象的に、サナエは必死に唇をかんで悔しさを押し殺すのだった。  
 
「あぁん、どうしてアンタとお化け屋敷になんか入る羽目になるのよ〜」  
「怨むなら言い出しっぺを怨むんだなー」  
サナエは知る由もないが、言い出しっぺはこいつである。  
 
「外で待ってたら良かったわ…って、肩に手をまわさないでよ」  
「?俺様、両手ここにあンだけど」  
黒神は両手をひらひらと振ってみせた。  
「へっ?だって私の肩に何か乗っかって…」  
そう言い終わる前にサナエは自分の肩に手をやってたしかめると…  
ぐにゃり  
 
人間の手…というよりは袋に詰まった水…  
軽く掴んだだけで握り潰せてしまうような弾力の無さ。  
そして、物凄く冷たい。  
 
「や…だ…何コレ…」  
顔から血の気が引いた、そのとき。  
ぴちょん  
サナエの首筋に水滴が滴り落ちたのだった。  
動揺していたサナエにはただごとでなく、すっかり気が動転し  
無我夢中で片手を振り回して反撃する。  
「きゃーっ!きゃーっ!!」  
「お、オイ!落ち着けって!」  
黒神が制止するのも聞かず、サナエはひたすら叫ぶ。  
「なななな何か冷たいの!何とかしてぇー」  
がばっ  
「…随分と素直じゃね?役得役得」  
気がつくと、サナエは黒神に後ろから抱き着くかたちになっていた。  
「…○×≠……」  
バツが悪そうに、顔を赤くして急いで腕を放す。  
「俺様は歓迎してやるぜ〜。ケケ」  
「ち、違うの…あれ…」  
「あれ?」  
黒神はサナエが震える指で指し示す方向へ振り返った。  
 
そこは先ほどまでサナエが立っていた場所。  
照明が届かなく薄暗い以外、特に変わったところはない。  
「?何もねぇじゃん」  
「何もないから怖いんでしょう!!」  
はぁ?と思いつつ、黒神はその場所に移動して辺りを見まわしてみると
足元が水で濡れている事に気がついた。  
しゃがみ込み、その水を指先で掬い上げると、
サナエは黒神の後ろで青い顔をしながら恐る恐る覗きこんだ。  
「ね…何かしら、それ…さっき確かに誰かに触られたのに…」  
「さぁな?見たところ普通の水だろ。何処から漏れたンだろーな?」  
「あぁー!もぅやだ!!早く出たいよ〜…」  
サナエはブン!と腕を振るうと  
「そ、んじゃぁさっさと先に行こうじゃねーか?」  
黒神がニヤニヤ笑いながら立ちあがると、
スタスタと勝手に進んで行くのでサナエも怯えながらもついてきた。  
黒神の横に並んで歩くが、自然と腕が宙を浮いてしまう。  
「何だよ?怖いなら腕、掴んでもイイけどヨ?」  
「だ、誰がッ…!」  
と、サナエが強がった時、効果音なのか他の客なのか、
絹を裂くような叫び声がホラーハウスに響き渡り、
サナエは驚いてとっさに黒神の腕を掴み取った。  
「…!」  
「大丈夫だっての。いざとなったら俺様が守ってやっから」  
くしゃりとサナエの頭を撫でると、二人はまだまだ長く続く道を歩いて行った。  
 
「ふ、不覚だわ…」  
「何が?」  
「何でもないわよ、馬鹿あっ!」  
ぼすっと黒神の背中に当て身を食らわしたが、効いている様子はない。  
『ちょっとカッコイイとか思っちゃったじゃないの…本当、不覚』  
複雑な心境のまま、サナエは黒神の服をしかと掴むのだった。  
 
そのころ。  
 
「M〜上手くいったね!サナエさんかなりビクついてたじゃ〜ん」  
「…オマエも好きだよな、こういうの…」  
苦笑いをするMZDの頭上には、バケツを持った影が。  
バケツの中には水。  
「でもまさか、ちょっと水をかけただけであんなに驚くなんてね〜。  
作戦大成功じゃない!?これでダミやん様の…」  
「?ダミやんの?」  
「あ、ううん何でもないよ!さ、ボクらも先回りして先に外に出なくちゃ怪しまれちゃう」  
「うーん…あの野郎が一枚噛んでるだろ?」  
「ギクっ…」  
「…まぁ良いけどヨ。これであいつらが少しでも仲良くなりゃ  
俺としてもちょっとは悩みのタネが消えるってもんだ」  
「…Mも大変なんだね〜」  
「笑ってるだろ、お前」  
「あ、バレた?」  
 
 
 
「もぅ〜神くんー!!」  
やっとのことでホラーハウスから抜け出して来たサナエは  
出口から出て来るとMZDに泣き付いた。  
「オイオイ、らしくねぇぞ」  
こうも珍しく弱気に出られては  
普段のように文句で返すこともできない。  
「も、もう二度とお化け屋敷なんか入らないんだから!  
いきなりなんだか冷たい手が首を触ってくるし!」  
「でもさ、俺の世話焼係だってお化けと言っちゃお化けだぜ」  
「ジズさんは…良いのよ、らしくないから…」  
…ぶっ  
思わず吹き出すMZD。  
「アイツが聞いたらどんな顔するかな」  
「だってそうじゃないの〜!」  
溶けるような青い空に笑い声が響いた。  
まぁ最初は散々な目にあったけど−−  
 
今日はいろいろと楽しかった…かな。  
何となく、懐かしい気分になったし、何より…  
 
「んもーっ、神くん!次はあの絶叫ジェットコースター乗ろう!」  
「へ?って…心臓に自信がない方は控えて下さいって書いてあんだけど…」  
「全然大丈夫よ!行こう!」  
「おぅ、面白そうじゃねェ?3周くらいしようじゃねぇか」  
「ボクもボクも〜!」  
「…付いて行けねぇ…!」  
 
サナエの意外な一面を見たのは貴重だった気がする…けど…  
 
あれって、白昼夢だったんじゃないかな?とか、自信無くなってきた。  
「しゅっぱーつ!  
「ぎぃやぁ〜〜〜!!」  
 
「なぁドナ、あそこでサナエにちょっかいかけたの、お前らの仕業だろ?」  
「よくわかったね〜。まさか水かけただけであそこまでビックリするなんて思わなかったけど!」  
「首筋触られたとか言ってたけど?」  
「何ソレ〜…ボクそこまで考えてなかったよ?」  
「…まぁ…深く考えないことにすっか」  
「…そ〜だね」  
 
 
 
「神くん、次は絶叫スライダー乗ろっ!  
お化け屋敷での鬱憤晴らすんだからー!」  
「とばっちりか…!?」  
 
 
 
もう遊園地は…当分遠慮させてくれよ。  
 
 
 

希理さんとのリレーSS第…何弾目?でしたっけ?(苦笑)
ちょっと志向を変えてのMZDメイン黒MサナSSです。
実はこの話と『最強最凶物語』の前に、MZDがサナエ様と黒神に振り回されて
体調を崩して倒れると言う話があったのですが
データが互いに残っていないため(私の担当部分は残っているようです)
ちょーっとだけ理解出来ない部分があったりしますが、ご了承下さい。
 
 
 
Q.何でドナが出てくるの?
A.MZDの女友達としてはドナが最適だと思ったので。
 
ドナとMZDは性格的にも立場的にも似ている感がするんですよね。
レストランで出会うシーンは私が担当したのですが、この時ちょっと悩みましたよ。
MZDの悪友、スマとサイバーは上記の通りだし、リエちゃんはお出かけ中だし
ここでKK出してもちょと無理があるしなぁ〜〜…あ、そうだ、ドナで行こう!
ってな感じでドナ起用。うん、この二人のコンビは大好きですわ〜。
案外黒神とも悪友っぽくなってくれてますし。動かしやすいなぁ、彼女は。
 
MZDが時々思い返していたのは、過去の自分と両親なのですが
あまりにも昔過ぎることなので彼はあまり覚えていないのです。
その時の出来事を、今の自分と黒神とサナエ様に重ねてしまうのは…
まぁ、それはまたいつの日にか。