神様方の多難な土曜日


土曜の昼下がり。  
カラカラカラカラ。入口の戸が勢いよく開かれる。  
「いらっしゃいませー!!」  
お洒落な喫茶店に飛び込むように入ってきた女性と、それに対して返事を返す少女。  
「サナちゃんお待たせ!ありがとう」  
そう言われるとサナエは透き通った声でうんと言い、顔の横に降りた髪の毛を後ろに振り払った。  
そこは明るい街中の一角の喫茶店の中。  
サナエはウェイトレスとしてここで週3回のバイトをしている。  
もっとも今日は少しばかり事情が違っていたが。  
「ごめんね、いきなり時間変わってもらっちゃって」  
息を切らせながらそう話す。  
いそいで飛び込んできた背の高い女性はこのバイトでの同僚だ。  
「うぅん、別に構わないの。特に忙しいわけでもなかったし…」  
そしてサナエも、エプロンの紐を解きながらさう返した。  
「この埋め合わせは必ずするから、ごめんね」  
「じゃあ、今度はお客として奢ってもらいに参ります」  
そう続けるとサナエは舌をぺろっと出して、カウンターの奥の扉をくぐっていった。  
 
 
 
土曜日の昼は賑やかだ。街はどこへ移動しても人ごみに溢れている。  
「特に行きたいところもないのよね…」  
アーケードを歩きながら、サナエは思わずぷっと吹き出した。  
「暇そうにぶらぶらしてるとこアイツに見られたら…なんて言われるか目に見えてるわ」  
でもま、アイツだってどうせ暇そうにぶらぶらして…  
 
あれ?  
 
あそこにいるのって、アイツ…?  
 
幸いにも、向こうに気付かれているようではない。  
何をからかわれるか茶化されるかわかったもんじゃない。  
早く立ち去った方が良いのに…気になるポイントが一つ。  
 
「…何アレ…み、見間違いじゃなかったら…な、何でっ?」  
 
普段、自分と会えば口喧嘩してばかりの黒神が話していた女性は−  
 
 
 
「な、何でツララと居るのよ。アイツ…」  
 
そう、黒神と共に話し込んでいるのは自分の永遠のライバルの、あのツララだ。  
サナエは見つからないように身を屈め、 
ゆっくりと二人に近づいてそばの電灯の陰に隠れて様子を伺った。 
ここからだと、黒神の正面が見えツララの後ろ姿が確認できる。 
自分と彼等の距離はおよそ10メートル。会話の内容は聞き取れない。  
「…何話しているのよ〜…」  
サナエは誰に言っているわけでもないのだか、思わずそう呟いた。 
と、その時。黒神が自分の頭を掻きながらなにやらツララに言うと 
彼女はコクリと頷き、その反応に彼はニヤリとお得意の笑みを浮かべた。 
そしてとある店を指差してその方向へ歩き出すとツララも彼の後を追った。  
電灯に隠れていたサナエが身を出してその店を確認すると同時に、 
二人の後ろ姿が入口の自動ドアによって見えなくなった。  
 
「…な…何、ここ…」  
 
サナエは今し方、黒神とツララが入った店を見て仰天した。  
「ここって…」  
そういったサナエの前方頭上にはでかでかとしたGAMEの4文字が。  
「…ゲームセンター?」  
 
そう、二人が入った建物は繁華街の一角にあるゲームセンター。  
二人が中に入ったのを確認するとサナエも自動ドアの前に立った。  
しかし、外が明るいのもあって薄暗い中の様子を覗き見ることはできない。  
サナエの頬を冷たい汗がつたった。  
 
「…アイツだけならわかるけど、何でツララまで一緒なのよ…これじゃまるで…」  
 
デェト  
 
「……!!」  
 
サナエの頭に嫌な言葉が浮かんだ。  
 
「な、何よそれ…そ、そりゃツララが誰と一緒にいようが関係ないけど!  
…あたし、何言ってるのかしら…」  
 
別に気にすることではない。黒神は本心が掴めないヤツだし、ツララは神くんをめぐるライバルだ。  
その二人がどうしようと自分には関係が…  
 
「あーもぅ!スッキリしないわね!!」  
 
固まりきらない自分の考えを振り切るように、 
サナエは軽く頬を叩き、前を見据えた。  
 
「良いこと?ツララ。なんだか知らないけど急にアナタと会いたくなったわ。 
決してアイツに会いたいわけじゃないのよ?悪く思わないでね」  
ツララに言うフリで自分に言い聞かせる。  
「素直じゃない?余計なお世話よ」  
 
一歩進んで自動ドアが勢いよく開くと、一角が賑やかな音楽と共にかなり沸き立ってるのが解った。  
 
 
 
大音量が耳の奥まで響きわたる。 
だがサナエは聴覚よりも視覚の方へと神経が注がれていた。  
賑やかそうな人集りが出来上がった店内の一角。その中心に居るのは  
 
ニデラでダブルプレイを披露している黒神(ちなみに表示される判定は全てピカグレ)。 
そんな彼の右隣にツララは立って他のギャラリー達と一緒に熱い視線で黒神のプレイを見ていた。  
 
「アイツ…流石になんちゃってDJ気取っているだけあって上手いわね…って 違う違う!」  
サナエは首を左右に激しく振り、キッ!ツララを睨みつける。  
「よ、よーし!行くわよー…あたしはツララに用があって、 
アイツに用は無い…んだから!」  
そうしてサナエが一歩、足を踏み出した時─  
 
「…って、あ、アレ…??」  
 
さっきまでは黒神達に視線を向けていたから気が付かなかったが…  
 
「…ドラムマニアに居るのって…」  
 
「…神くん…!?」  
そう、ドラムマニアを必死にプレイしているのは神くんこと、 
サナエのお気に入りの少年MZDだった。  
ちょうどサナエがそっちに気付いた時、アンコールステージが終了した直後らしく 
画面にリザルトが表示されたところだった。  
ギャラリーは完全に神くんと黒神の方へ二分されている。 
サナエはギャラリーを掻き分けて、まずはドラムマニアに近づいた。  
 
「ちぇっ、やっぱこれだけはS判定止まりだな…」  
「Sでそんな顔してたら周りから怨まれるわよ?」  
カードに手をかけていたMZDは光の早さで振り向くと、その顔は凍り付いた。  
「…サナ…(汗)」  
「ハァイ神くん、元気してた?」  
 
そういいつつも、サナエがいつものノリで抱き着いたりしてこないのにMZDは違和感を覚えた。  
「…何だよ、やけに機嫌悪そうじゃ……」  
そう言いかけてギャラリーの移動につれて目をやり、群衆のいる方向を目にしてMZDは察しがついた。  
「あいつまでいんのかよ!ってこたぁ、またあいつに強引に誘われでもしたってことか」  
サナエは唇の端と眉を吊り上げてさも不機嫌そうにこう続けた。  
「残念ながらはずれ、ね。私もあいつじゃなくてツララがいたから見に来ただけだから」  
やけにツララという名前を強調して話すサナエの態度に、鋭いMZDはだいたいの検討がついた。  
 
『はぁ…アイツは何やってんだか…』  
 
するとギャラリーがわっと沸き上がり黒神が得意げにキーから手を離すと、 
あちらこちらですげーだの神業だのという声が上がるのがわかった。  
ツララも驚いたような顔で拍手を送っている。  
やたら嬉しそうな黒神の態度が気に入らない。  
 
「…神くん…これからデェトしましょうよv」  
「なんでオレが………。…っ!?」  
見上げたサナエの顔、にこやかに笑ってはいるが 
明らかに底知れぬ圧力を感じさせる。  
肉食動物に睨まれた小動物のように、逆らえない。  
 
『…こいつにとっちゃ神だって怖くないのか…ハァ』  
同時に冷や汗と溜息を発しながら、MZDは仕方なく付き合うことにした。  
 
サナエは無言で黒神の方を見た。  
ただならぬオーラに圧倒されてか、 
得意げな表情をしていた黒神がこっちに気付き、そして固まる。  
 
「…サナエ?」 「お久しぶりねぇ。カミサマ?」  
 
そうにこやかに言い放つサナエの傍で一人MZDは困惑していた。  
「大波乱の予感だな…。にしても…まったく、オンナってコワイもんだな」  
 
「アレ?なんでここに居るんだヨ?あ、もしかして俺様を探しに来たとか〜?」  
身体をサナエの方へ向かせ、ニデラの筐体に手を付くと黒神はニヤリと笑って今のセリフを吐いた 
(彼のすぐそばでは、次にニデラの順番である青年が困っているが誰も気が付いていない) 
 
「はぁ?何言っているの?アタシはツララに用があって、ここにきたんだから!」  
サナエは半場ヒステリックにそう叫び、黒神はそれにビビり小さく飛び跳ねた。 
ツララはキョトンとした表情で首をかしげ、MZDはやれやれと溜め息を吐き、 
さきほどのギャラリー達はなんかこっちも面白そうだと居なくなる気配はない。  
「私に用…って何なのよ?」  
ツララが不思議そうに問いかけると、サナエは一瞬う…と 
言葉を詰まらせたが、 
すぐに隣にいるMZDの腕を取り自分の腕と絡ませ  
「あたしと神くんのデェトを見せつけに来たの!」  
とツララに向かって言いはなった。  
「お、おい?デートって言ってもさっき会ったばっ…」  
MZDが慌てながらサナエの顔を見て矛盾を問おうとするが、 
サナエの言い表しがたいオーラを感じおとなしく押し黙る事にした。  
ツララは熱々?な二人を見せつけられ、不機嫌な表情を見せた。  
「ちょっとー何私のMちゃんを脅してデートなんてしてるのよー!」  
「脅してなんかいないわよ!あたし達は両想いって事をアンタに言いたかったの! 
だから神くんにはもう構わないでって言いたかったのー!」  
「嘘言わないのー!だってMちゃん、すっごく嫌そうな顔しているじゃない!」  
「そんな顔してないわよ!ねぇ、神くん?」  
「はっ!?い、いや…うーん…(汗)」  
MZDは迷った。ここで迷惑でないと言えばこれからサナエに何をされるか分からないし、 
かと言って否定すればこっちも恐い。 
困惑するMZDを見て、ツララはフン、と息を吐いた。  
「ほーら。やっぱり嫌がってる」  
「違うってば!」  
違くない。と、MZDは言いたかったらしいが、反論する気力が無かった。  
そんな3人からすっかり蚊帳の外な黒神は、ヤレヤレと溜め息を吐いた。  
「なぁなぁ。2人ともそんなガキの何処が良い訳ヨ?」  
「誰がガキだ」  
「俺様の方が大人だしカッコイイし?同じ顔なら俺様の方が良くね?」  
黒神がそう言うと  
「アンタは嫌」  
と、サナエが  
「黒ちゃんよりもMちゃんの方が可愛い」  
と、ツララが言った。  
 
何だ何だ、3角関係ではなく4角関係か?と、ギャラリー達は勝手な想像を膨らましている。 
そんな中で唯一冷静なMZDははぁ…と大きく溜め息を吐き、ツララと黒神を交互に眺めた後  
 
「どーでもいいんだけどヨー。何でオマエら一緒に居んの?」  
 
そう言うと黒神は  
 
「あぁ?それは 
 
ホラ、あれ見てみ」  
そう言って黒神は親指で入口近くに貼ってあったポスターを指差した。  
 
beatmaniaIIDXスコアアタック大会 …日付は本日午後五時から。  
 
「だ、だからって何でツララが…」  
そう反論しようとしたサナエの言葉を遮るようにツララはこう言った。  
「だ・か・ら…あれ、景品、見て。優勝の」  
「音ゲー一日フリーパス券…なぁにツララ、アナタそんなの欲しがってるの?」  
「だから話を聞きなさいってば。私が欲しいのは、副賞!」  
 
副賞:うさおくんぬいぐるみ  
 
「でな?コイツがゲーセンの前でうろついてたから声かけたら、 
俺様にまかしとけってことになったってわけ。 
俺って困ってるヤツを見たらほっとけねータチだし」  
「あっれー?もしかして気になってついてきたわけ?クスッ。やけるわね〜」  
 
その言葉でハッと我に帰ったサナエは  
「だ、だから〜!私は神くんとデェトしてただけなのっ!」  
 
そんな中、一人冷静にMZDが切り出した。  
「あのさ〜…取りあえず外出ようぜ…」  
 
その顔には最年少とは思えない苦労を耐え忍ぶ色が出ていた。  
出て行こうとしていささか残念そうに見送るギャラリーを尻目に 
MZDはまた大きく溜息をつくのだった。  
 
ゲームセンターの入口近くまで移動すると、 
黒神は後ろを振り返って今し方出てきたサナエとMZDを見た。  
「んで。オマエらの方はこの後どーすんのサ?」  
そう言われ、サナエとMZDは互いに顔を合わせ、 
MZDがどうする?と言った表情を一瞬浮かべたがすぐに黒神の方へ顔を向けて  
「いやぁ?別にこれと言っ「神君も大会に出るに決まっているじゃない!」  
MZDが言い終わる前にサナエがそう言いはなった。MZDは、ちょっと待て!と言おうとしたが 
サナエがギロッ!と目で黙ってなさい、と言ってきたので思わず何も言えなくなった。  
黒神は眉をひそめ、まじまじとMZDを眺めた。  
「ふーん?なんだ、コイツも出るの?」  
「えー!?Mちゃんが出るなら優勝持っていかれちゃうじゃん!」  
「オイオイ?俺様がこんなガキに負けるなんで思ってんの?」  
んなわけないじゃん?と続け、黒神はツララの肩を軽く叩いた。 
それを見て、サナエは自分の腹の奥で何かがうめいたのを感じた。 
MZDも黒神に軽く見られたのがシャクにきたのか、ムッと不機嫌そうな顔になった。  
「うぉい。オマエ、オレに勝つ自信あるわけ?」  
黒神が『神』の一人である事は間違いない。だが彼はMZDの分身みたいな者。 
そんな彼にそう言われ、プライドが黙っているMZDではない。  
その事を察したらしく、黒神はニヤニヤ笑って  
「あぁ〜?あったり前じゃネ〜?」  
MZDを徴発する。  
 
ムカムカムカムカ  
「ん何言うなら…大会で勝負つけっぞ!」  
「おーおー。良いゼ〜?」  
「神くん!こんなヤツに負けたらダメだからね!」  
 
なんだか盛り上がる中、一人取り残され気味のツララは  
 
「どっちが買ってもいいけど、うさおくんは私に頂戴よ〜」  
 
と、ぽつりと言った。  
 
 
 
二人ともエントリーを済ませ、トーナメント表が発表される。  
出場者は8人。MZDと黒神は勝ち残れば決勝であたるかたちに配置されている。  
4時45分。もうすぐ開始時間だ。  
ニデラの筐体を前に、MZDと黒神は互いにそっぽを向いて立っている。  
「ねぇ、あの二人…仲が良さそうで悪いわよね?なにかあったのかしら…」  
「さぁ…」  
ツララとサナエが囁く。  
そんな二人の疑問をよそに、MZDと黒神の二人は対抗意識でいっぱいだった。  
そこへサナエがこう切り出した。  
「神くん!負けちゃ駄目よ!こんなカイショー無しのヤツなんかにっ」  
黒神はニヤッと口の端を吊り上げ返した。  
「…フーン、お前、何かやけに張り合ってくるかと思ったら嫉妬してンのかよ。カワイイじゃねぇか」  
「き、気安く触らないでよーっ!」  
そういって、サナエは肩にかけられた黒神の手を払いのけた。  
「でも残念だな、俺様はこんなガキに負けやしねぇし?」  
「そんなことないわ、神くんか勝つに決まってるんだからっ!!」  
「…すげぇ自信だな?」  
「当然よ、負けっこないわ!」  
「ほぅ…じゃあ、俺が勝ったらどうする?」  
「何だって言うこと聞いてあげるわよ!」  
「…そりゃあ、楽しみだな」  
黒神はニヤリと笑うとMZDの方へ向き直って、こう言った。  
「だ、そうだ。負けるわけにはいかねーんだな、俺様。ま、せいぜいヨロシク頼むぜ」  
 
−−一回戦の出場者はおいで下さい。  
 
「あ、俺様の出番だな。それじゃ、決勝まで上がってこいよ」  
「…言われなくてもわかってらぁ」  
不機嫌そうにそう返した。  
 
「神くん、頑張ってね!!」  
サナエは一人意気込んでいる。  
『はぁ…まったく』  
MZDには絶対の自信があるわけではなかった。  
黒神は自分とほぼ同じどころか全く同じレベルの持ち主である。  
おそらくは、一瞬でも気を抜いたら勝てない相手−−。  
「しかも向こうはやたら気合い入ってるしなぁ…」  
ギャラリーがわっと盛り上がる。一回戦が始まったらしい。  
ツララはツララでうさおくんのために黒神を応援してたりするし  
サナエも手に汗握りながら勝負の様子を見ている。  
 
「俺が負けたら、アイツがサナエに何すっか分からねぇけど 
…やっぱそれって俺のせいか?…はぁ…」  
騒がしい群衆の中、MZDは一人気を揉んでいた。  
 
先ほどまで騒がしかった群集が急に静かになる。 
どうやら試合が開始された事により、プレイヤーを集中させるため皆静かにしたらしい。  
この一角の空間に響くのは、ニデラの音楽と鍵盤を叩く音と 
スクラッチが擦れる音のみ−  
 
お互いが最後のスクラッチをキュッと回すと、 
それまで息を飲んで見守っていたギャラリーが一気に湧き返った。  
「黒ちゃん、すごーい!」  
ツララがパチパチ手を叩いて飛び跳ねると、 
黒神は後ろを振り返りツララの横に立つサナエに向かってニッと歯を出して笑った。  
リザルトに表れた判定はトリプルA。しかも数字が表示されているのピカグレのみ。 
呆気に取られる対戦相手。沸き立つギャラリー。 
ツララはまだ飛び跳ね、サナエはむぅっと不機嫌に頬を膨らませた。  
黒神はどーだと言わんばかりに胸を張りギャラリーの後ろで 
一人たたずむMZDと目を合わせる。  
ゲームセンターの店員が黒神と対戦相手の所へやってきて 
互いのスコアを確認する(確認の必要はない気がするが)。  
次の対戦が始まるので、黒神は筐体から離れるとまずはツララとサナエへと近づいた。  
「ヘヘ。どーだった?俺様のプレイはヨ〜?」  
「もー黒ちゃんすっごーい!」  
「ふ、ふん!神くんに比べたらまだまだよ!」  
「んま。どうとでも言ってろや。…なぁサナエ。 
さっきの言葉、ちゃ〜んと守ってくれんだろな?」  
「当り前でしょ!神くんが負けるわけないんだし!」  
「あーそうかヨ?…ヒヒヒ。こりゃ〜今夜が楽しみだなぁ?」  
サナエの全身を舐めるように眺め、ニヤニヤ笑みを浮かべながら舌なめずりをする。 
と、そこへ遠く離れていたMZDがやってくると黒神はまた笑みを浮かべた。  
「よ。どーだい?調子は?」  
「知るか…。つーかオマエ、何一般人相手にパフェってんだヨ。 
オレらとは違うんだ。少しは手加減してやれ」  
「獅子は全力で兎を狩るって言うだろ?」  
「あっそ」  
その時、わぁっと再び周りが湧き返った。どうやら2回目が終わったらしい。  
「お。んじゃ、次オレの番だから行ってくる」  
MZDは軽く右手を上げ、3人にそう言った。  
「神くん!絶対に勝ってくるのよ!」  
「Mちゃん、頑張ってね〜♪」  
女性二人組の声援を受け、MZDはあぁ。と返事を返しニデラの筐体に上った。  
 
また一同はしんと静まり返り、そして再び大歓声が巻き起こされる。  
ニデラの筐体に、キーに手をかけるのもやっとのように見える少年が 
これまた大差で相手を打ち負かしたのだ。  
今回の大会は化け物のように上手い出場者が二人も−−。  
他の出場者達の戦意が喪失していくのが目に見えてわかった。  
 
呆然となった対戦者を残して筐体から遠ざかるMZD。  
擦れ違い様に黒神と言葉を交わした。  
「俺様とやるときは手を抜くなヨ?」  
「…言われなくてもわかってら」  
緊迫した雰囲気が立ち込めた。  
 
「神くんーっ!スゴイっ!!」  
ガバッ。  
いきなりMZDの視界が塞がれたかと思うと、 
サナエが思いっきりMZDの顔を胸に抱き留めているではないか。  
「ち、ちょっ…待ッ…!」  
暴れるMZD。聞いていないサナエ。  
MZDと黒神のあいだの張り詰めた空気は、 
この恐いもの無しのサナエによって一瞬で打ち砕かれた。  
「あーっ、サナエ!抜け駆けはズルイわよーっ!」  
「こんガキャ…旨いとこ独り占めしやがって…」  
「@×#◎△■…!?」  
 
−−あの、すみません…  
「!」  
四人が気がつくとそこには困った顔をした店員が。  
一番早く現状を理解したMZDが対応する。  
「さ、騒がしくして−−」  
「いえ、そうではなくて…決勝なんです」  
「え?俺ら準決勝してないぜ」  
「お二人の準決勝の相手が先程のプレイを見て棄権なされたましたので… 
お二人は不戦勝となります」  
「おいおい」  
黒神がさも他人事のようにはさんだ。  
「ということは…」  
「そろそろ、俺様とお前の…宿命の対決ってやつ?」  
あたりは雰囲気に飲まれ、言葉を発する者はいなかった。  
 
緊迫した空気が三度(みたび)広がる。  
MZDと黒神は同時に筐体へと向かう。  
「俺は左でも右でも構わねぇゼ?」  
「俺だって」  
「じゃあお前右でやって良いぜ。俺様が勝った後に 
『いつもと違うサイドだから負けた』なんて言われたらかなわねぇからな」  
「誰がンなこと言うかよ」  
 
黒神は1Pサイドに。MZDは2Pサイドに立った。  
曲は参加者の投票で選ばれたHolic[ANOTHER]。  
ニデラのプレイヤーなら知らぬ者はいない名曲中の難曲である。  
(比較的高スコアが出やすい曲だが)  
バトル、ハイスピード、ハード。  
オプションが選ばれ、スクラッチが回され曲が選ばれる最中も、誰ひとり咳ばらいさえしなかった。  
サナエは固唾を飲んで二人の様子を見守っている。  
 
 
 
HARD TECHNO HOLIC−− 
 
 
そう画面の真ん中に表示されたその時から、人は息をするのも忘れるほど二人のプレイヤーに意識を奪われた。  
まったく、同じなのだ。  
キーを打つ音、スクラッチを回すタイミング。  
演奏される曲は、サウンドトラックを聞かされているように一分のズレも余計な音もない。  
まさに−−完璧なプレイだ。  
2分弱の曲は、観客達にそれよりも長い時間を感じさせた。  
曲が終わる。  
動く者はいない。  
そんな中で、サナエは自分がゴクリと唾を飲み込む音だけが大きく聞こえた。  
勝敗は?  
二人の体でスコアが見えない。  
瞬きをすると、リザルト画面表示に変わった。  
結果は−−−  
 
 
 
 
 
判定は−  
 
1P:200000  
 
2P:199992  
 
「−−ッ…!」  
 
 
 
MZDは表れたリザルトをにらみ付け、下唇を噛み締めた。惜しくもグレートを1つだけ出していたのだ。  
「はっ!惜しかったなー。ま、所詮俺様の相手じゃぁいでぇッ!」  
いやみったらしく笑っていた黒神のスネを、 
駆けつけたサナエが思いきり蹴りつけたものだから、彼は叫び声をあげると 
そのまましゃがみこんで蹴られたスネをさすった。  
そんな黒神を無視し、サナエはニデラの筐体前で 
茫然自失のMZDに駆け寄ると、彼はゆっくりサナエを見上げた。  
「ッキショー…悪りぃ油断したゼ…」  
「うぅん!神くんは十分頑張ったもの!悪いのはムキになるアイ…キャァッ!?」  
サナエが後ろから何物かに抱きつかれ、思わず叫び声をあげた。  
「オイオイ?男と男の勝負に本気も手抜きもあっかヨー?」  
復活した黒神だった。  
「なっ…ちょっ…離しなさいよー!」  
「や だ ね  
ーか、約束覚えてっか?俺様が優勝したらなんでも言うこと聞いてくれんだヨな?」  
「…!わ、わかってるわよ!約束は守るわよ!何をすればいいの?デート?それともキスしろとか…」  
 
そんなやりとりをしている3人の周りにいたギャラリーたちは、 
白く小さな紙とボールペンを店員に渡されなにかを書き込んで 
店のカウンターに置かれた小さな箱に記入し終わったそれを入れていった。 
もちろん、ツララも。  
 
「そだな。オマエには『さぁー!ビートマニア2DXスコアアタック大会の優勝者を発表します!』  
黒神のセリフを覆うように店内アナウンスが流れ、  
「あぁ?んなモン、みりゃ分かるだろ」  
彼はムッとアナウンススピーカーをにらんだがその隙をつかれてサナエにを突き飛ばされ 
、自由の身となったサナエはMZDへと抱きついた。  
「そうとも分からないかもよ?黒ちゃん」  
いつの間にか3人の前へとやって来たツララがニコニコ微笑みながら言った。  
「は?どう言う事ヨ?」  
「聞いていれば分かるよ」  
「???」  
ツララの言っている意味が分からずにいると、アナウンスが再度流れた。  
 
『スコアネーム黒、得点200000、“投票”15票で15000点。計215000点!」  
わぁぁぁ、と沸き立つ群集達と、  
「へ…投票?」  
呆気に取られる黒神。  
「そ、決勝戦は互いの得点と、ギャラリーの支持によって 
勝ち負けが決まるのよ。ちなみに、1票1000点」  
『えー。投票用紙のコメントには“人間じゃねぇ!”“憧れるぜ!”“弟子にしてください”…等々…』  
 
『スコアネームMZD、得点199992。 
投票は−まずコメントから言っちゃいますか“最年少のくせしてやるじゃん!”“将来が恐ろしい…” 
“息子がこうだったら自慢できるな〜”等々。さて、気になる投票数は…』  
 
『投票数は−−−  
 
 
 
な、なんと同じ!同じ15票です』  
 
MZDがくっと下を向きうなだれた。  
85点…85/200000の差が痛いほど苦痛だった。  
「…残念だったな?」  
少し間をおいて黒神はMZDとサナエにそう告げた。  
「でもまオマエ、ギャラリーの前でやるの慣れてねぇじゃん? 
にしてはたいしたもんだと思うぜ」  
「…ンなこと言ったって、負けは負けだぜ」  
「……」  
それに何の返答もせず、黒神はくるりと背を向けた。  
 
「おめでとうございます、それでは商品の…」  
「いらねぇ」  
「はい?」  
「もともとそれ目当てで参加したわけじゃねぇんだ。商品はそっちのねえちゃんにやってくれ」  
「は、はぁ…」  
そういうと黒神は筐体の隣に置いてある台からマフラーと帽子を取りあげ、 
それらを身にまとうと小声じゃあなと言ってギャラリーを掻き分けて行ってしまった。  
 
「…なんなの…アイツらしくないじゃない…」  
サナエは納得のいかなさそうな顔で黒神が行った跡を見つめた。  
でも黒神がすんなり引き下がったってことは、自分に無理なことを強いられる心配はない−−  
けどどうしてだろう、この後味の悪さは。  
 
「ねぇ、サナエ…良いの?黒ちゃん行かせちゃって」  
「だって…なんで優勝したのに黙って行っちゃうのか…」  
「気付いてないの?サナエ…アナタの投票があったら、 
Mちゃんが優勝してたかもしれないのに」  
「!」  
サナエはハッと顔を起こした。  
すっかり意識してなかった、自分が票に入ってなかったことに。  
「アイツ…ケッ、だからって勝ちを俺に譲ったつもりなのかよ…!」  
「ううん違う、多分…。結果的に投票無しで勝ってても、 
サナエの投票がなくって勝っても、自分がそれに気付いてるから、 
サナエに対して勝ったフリはできないのよ。黒ちゃんてつかみどころない人だけど、 
サナエのことになったら妙に必死だったりするんだし」  
「……」  
「ちっくしょー…変なとこでかっこつけんじゃねぇよ…」  
 
「…ねぇ、探してきたら?」  
サナエは立ち上がり、少し苦笑いを浮かべてこう言った。  
「あーもぅ!私が神くんに入れるって決まってるわけじゃないのに! 
…そりゃあ、入れてたかもしれないけど…とにかく、私のせいみたいで後味悪いじゃないの! 
探して文句言って来るわ!」  
そういってサナエはギャラリーを掻き分けて黒神をの後を追った。  
入口で振り向いて、神くんまた今度ね!と大声で言い残して。  
そのまま入口の自動ドアは人々の喧騒に紛れて静かに閉じた。  
 
「…素直じゃねぇよな…」  
「なんだかんだで、似てるんじゃないの?二人」  
 
 
 
サナエは黒神を捜すため、周りを見ながらアーケードを走り抜ると、 
そばの公園へ入っていく黒神の姿が見えた。  
「待ちなさいよ!」  
そう叫んで呼び止めようとするが、黒神は気が付いていないのか、 
公園奥にその姿を消した。  
「…もぅっ!」  
サナエは走った時に乱れた髪を手で直すと、黒神を再び追いかけた。  
 
「も〜…何処に行ったのよ〜」  
公園の広場を歩きながら今の様に呟くと  
「…俺様をお捜しかい?」  
「!」  
いつの間に居たのか。  
サナエがたった今通り過ぎた機の陰から黒神が現れた。  
サナエは慌てて振り向き、彼をにらんだ。  
「何よ!分かっていたのならさっさと出てきなさいよ!」  
「あーそりゃ悪うございましたゼ。んで、何か言いたげだけど?オマエ」  
「…アンタさ、アタシが神くんに投票するって決めつけないでよね!」  
そう言ってビシッと指差すと、プッと黒神は吹きだして、ゲラゲラ笑い始めた。  
「な…何笑っているのよ〜!」  
「いやははは、よ?いきなり何言い出すかと思ったら…」  
クックッと笑いを押さえサナエの頭にぽん、と手を乗せ  
「んな事、気にしてんなんて思って、追いかけて来たワケ?」  
サナエはむぅっと頬を膨らませ、黒神の手を払いのける。  
 
忘れていた。  
 
この男は、こう神経がず太い事を。  
 
「…さて、と。うさおをツララに渡したことだし…約束、守ってもらうからな…?」  
そう言うと、黒神は素早くサナエを抱き込んだ。 
サナエは驚き退けようとするが、黒神の腕に力が入り逃げられない。  
「な!な、な、ちょっと…」  
「……」  
「…やっぱな」  
「?」  
「やっぱりそうだ。あのさ、オマエさ」  
 
「少し太ったろ?」  
 
 
 
ピシリ  
 
 
 
「あ〜ったく。喫茶店でバイトしてるって言うからヨ、店のケーキとかつまみ食いしてんだろ?」  
 
「やばいな…このままじゃ抱き心地良くねーぞ。 
だから、オマエ少し痩せろ。そんために、今夜は夜通しDDRで鍛」  
 
スッパーーーン!!  
そんな爽快な音が、公園に響き渡った。 
顔を真っ赤にしたサナエが、黒神の頬をひっぱたいた音であった。  
黒神はその衝撃によりヨロッと身体のバランスを崩し、彼の腕から逃げ出したサナエは  
「最ッ低!」  
と叫ぶとそのままスタスタと早足で来た道を戻り始めた。  
「え…おい!ま、待てヨ〜?」  
慌てた様子で後を追う黒神―  
 
 
 
「ったく。何やってんだ。あの二人は…」  
 
 
 
黒神とサナエ二人の頭上高くで、ポツリと今の様に呟いたのは、 
いつの間にかゲーセンから抜け出して来たMZDであった。 
彼は宙に漂い、足と腕を組むようなポーズで二人を見下ろした。  
「はぁ…全くあの二人は世話が焼けるぜ。ま、それのおかげでオレは退屈しないんだけどよー。 
っと、そろそろ帰るか…準優勝の賞品の音楽ギフトカードと 
棄権したヤツラの賞品のクォカード貰ったし、な。…へっ。ワザとグレート出したかいがあったもんだ。 
投票制だっつーのには、内心ビクビクもんだったけど。…決着はまた今度だな?」  
 
そんな事を呟くと、MZDの姿は公園の空へと溶けた―  
 
 
 
「オーイ?俺様はだなー。オマエの未来を心配して…」  
 
「うるさいわね!アンタといるほうが、よっぽど将来が心配よ!!」  
 
土曜日の黄昏時。  
 
いつの間にか顔だした白い月が、そんな二人を見てクスクス笑っていた。  
 
 
 
 
 
 

希理さんとのリレーSS第2弾。掲載許可を貰ったのは随分前だったのに
今頃のアップでスミマセン、希理さん…(汗)
そしてどの部分を自分が担当したのか忘れて
文字色全て同じにしました。ゴメ、KIRIさん…。
 
Mサナは大好きです。サナMも大好きです。ツラMも大好物です。
大好きなカプが勢ぞろいしたこの話は描くのが非常に楽しかったです♪
この話を書いたのは1年位前(汗)なんですが、この頃から
既にキャラクターたちの性格が固まっていた模様。
黒神なんかまるで変ってない…(苦笑)セクハラ大王なのはいつもの事ー。
そしてMZDはなかなか策士だったりします。
一応、黒神がサナエ様に変な事をしようとしたら
それはちゃんと止めるつもりですがねー。流石にそこまでやらせるわけにも行かないので。 
 
ちなみに、この後は黒神はサナエ様を捕まえてDDRを夜通しやらせたとか、ないとか。